〜連載第8回〜
自立を目指して生きてきたら、いつの間にか孤立していた。
依存症に苦しんでたら、共存という新たな道が見えてきた。
これは、そんな私の半生の話です。
退院して2ヶ月ほど経った頃だろうか。
ずっと連載していた「週刊文春」から、突然、連載終了を告げられた。
衝撃だった。
そりゃあ永遠に連載が続くとは思っていなかったが、想定外の病気や障害で人生最悪の日々を過ごしている時に、仕事まで失うとは!
泣きっ面に蜂とはこのことか、と思った。
しかも、それから約一年後、今度はテレビのレギュラー番組を降板した。
身に覚えのない濡れ衣を着せられて憤慨したからだ。
もともとテレビなんて出たくて出てたわけでもなく、義理やら惰性やらで続けていた仕事だから未練はなかったが、定期収入がなくなったのは経済的に打撃だった。
そう、身体的自立に続いて、経済的自立まで危機に瀕したわけだ。
なんというか、手足をもがれた気分だった。
私の人生って、何だったんだろう?
私が目指してきたものって、何だったんだろう?
半世紀以上も生きてきて、今さら「おまえの人生はまったく無意味だったのだよ」とピシャリと言われた気分だ。
心肺停止を体験して、「死とは無になることだ」と感じた。
そして、「死が究極の無であるなら、生は究極の有だ」とも考えた。
が、「生」もまた「無」であったのかもしれない。
無意味、無価値、無為無益。
もしかすると、それが人生の本質なのか?
我々は無から生まれ、無に行き、無に還る。
何かを獲得したと思っても、あっという間に指の間からすり抜ける。
ただただ失い続けることだけが我々の人生なのだろうか?
このまま生きていて、何になる。
心の底から、そう思った。
あの時に死んでしまえばよかったのだ。
そしたら、こんな苦しみや絶望を味わうこともなかったのに。
おめおめと生き残ったことを、心の底から呪った。
こんな人生、続けていくのがほとほと嫌になった。
特に私を打ちのめしたのは、テレビ番組降板の原因となった濡れ衣だ。
言ってもいない発言をろくろく検証もされず、私が言ったと決めつけられた。
しかも、それがセックスワーカー差別発言だったから、よけいに腹が立った。
著書でもテレビでも、私は常にセックスワーカーを擁護してきた。
なのに、そんな私が差別発言?
そんなの、日頃の私の言葉を真面目に聞いていれば、濡れ衣だと簡単にわかるはずだ。
つまり、あなたがたは、私の発言の中身などまったく聞いてなかったんですね。
ただただ、派手な服着た整形のオバちゃんがなんか変なこと言ってるわ、と聞き流してたんだ(笑)。
そうか、わかった。
そんな軽薄な番組、こっちから願い下げですよ。
私はずっと言葉を生業にしてきたから、本気の言葉は必ず届くと信じてた。
本気の言葉には「言霊」が宿るという信仰にも似た熱い信念を持っていたのだ。
それくらいの気持ちがないと、この仕事は続けられない。
言葉の力を信じない物書きなんて、あり得ない。
言葉には、私の思考、私の感情、私の信念、私の経験、すべての私が詰まってるんだ!
言葉は「私」だ。
そして、言葉は私の「神」だ。
でも、そんな私の信念は根底から覆された。
誰も私の言葉なんか真摯に受け止めてなかったのだと思い知り、平手打ちをくらった気分だった。
テレビは、言葉をジャンクフードのように消費するメディアなのだ。
毒にも栄養にもならない、空っぽの言葉を。
そうか、だからテレビの人たちは平気で嘘がつけるんだ。
言葉に自分を託してないから、他人事みたいに空疎なお世辞も吐けるんだ。
でも、それはテレビだけなのか?
活字は本気の言葉で溢れているか?
いや……それも怪しいものだ。
ねぇ、私たちはさ、自分を伝えるために言葉を発明したんじゃないの?
誰かに自分の思いを伝えたくて、誰かに自分を理解して欲しくて、そして誰かと心を通わせたくて、言葉を発明したんでしょ?
なのに何故、自分不在の言葉をペラペラと垂れ流せるの?
そして他人の言葉をヘラヘラと聞き流せるの?
私の言葉に意味がないのなら、私の仕事にも意味はない。
一生懸命に言葉を綴り続けてきた私の半生にも、何の意味もないんだ。
それは、身体が不自由になったことよりも、もっと強烈な虚無感と無力感を私に与えた。
言葉が死んだら、私も死ぬ。
いや、もうとっくに死んでいたのかもしれない。
私が愚直にもそれに気づいてなかっただけだ。
死にたいと思ったことは何度もあるが、死のうと思ったのは初めてだった。
一度死んだから、もう死ぬこと自体は怖くない。
夫が寝ている間に、私はえっちらおっちら車椅子を漕いで浴室に行き(この頃には家の中なら少し移動できるようになっていた)、タオルを取ってきた。
そのタオルをドアノブに掛けて首を吊ろうと決めたからだ。
(つづく)
イラスト:トシダナルホ
編集・構成 MOC(モック)編集部
人生100年時代を楽しむ、
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