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人生100年時代の日本文化・漫画に期待するのは「何かを強く訴えかける力」 呉智英氏インタビュー【第3回】

 

漫画評論家や日本マンガ学会理事も務める評論家 呉智英氏に、昨今の漫画界についてお話しを伺ってきました。

世界に向けて日本のミロクある文化を発信する「クールジャパン」の代表格となりつつある漫画ですが、呉智英氏の目にはどのように映っているのでしょう。

人生100年時代の世の中、カルチャーはどこから来てどこに向かうのか。

その流れを垣間見るインタビュー第3回をどうぞ。

 

 

呉氏が進める読んでおくべき漫画とは?

──漫画の話を伺います。呉さんはみなもと太郎による「風雲児たち」を早くから評価されてきましたが、最近着目している漫画は何かありますか?

 

最近はああいう大物みたいな感じでね、忘れられているとか評価したいというのはあまりないんだよね。

社会全体がいろんなものが小粒になっているようなところもあって。文学でもそうなんだけど。

ある時期、戦後でも戦後30~40年は、評価は別として三島由紀夫とか大江健三郎とかすごいのが出てきた。

未だにそれが重要であると言っている人は沢山いる。

昨今100万部売れようと200万部売れようとあんまりそういうのはない。

村上春樹はどう評価するかという問題はあるけど、僕はあんま興味ないから読んでいない。

それ以外のところだと、50万部売れました、100万部売れましたと言っても現在の思想状況や社会状況が重要な問題提起をしているというのはない。

漫画もそれに近いところがあって、特に最近の漫画はエッセー漫画が増えているんです。

身辺雑記から、特に病気ものや、カルト集団の中にいたことを子供が回顧したもの。

読むとそこそこ面白いけど、そんなに衝撃はなくて、小粒になっているんですよ。

まぁ身辺雑記のエッセイは漫画で描いたほうが活字よりも多くの人に伝わりやすいです。

特に病気ものなんかはね、漫画でちょっと面白おかしくギャグを入れないと、読む方が辛すぎるから、漫画がいいんだよね。漫画はデフォルメできるしね。

でもまぁやっぱりみんな小粒なんだよね。悪くはないけど、それ以上のモンじゃない。

非常に何かを強く訴えるのはあまりないんだよね。

 

 

ただ、面白いのは、昔あった少年少女向けの漫画世界文学全集みたいなね、あの系統のものがもう一回復活しつつあるんだけど、その中に結構読ませるものがあるんですよ。

倉薗紀彦の「地底旅行」はジュール・ヴェルヌの「地底旅行」を基にして描いているんだよね。

これが面白い。倉薗は、ものすごい力量がある作家ではないのね。

まぁ上の下、中の上ぐらいのやつだったんだけど、偶然編集者が薦めてくれてやったら、これがものすごく面白くなったんだよね。

漫画技術的な工夫はあるんだけど、骨格はジュール・ヴェルヌのままなんですよ。

もう一つは、ハロルド作石がやっている「7人のシェイクスピア」も面白い。

もともとこれはビッグコミックスピリッツでやって面白くないなって、打ち切られた。

そしたら、ヤングマガジンで同じタイトルで同じ話をいちからやったら面白いんだよ。

執念でやっている(笑)。いやぁハロルド、この人偉いなと思って(笑)。

そういう元がはっきりしたものの、少年少女漫画名作全集の中に結構面白いのがある。

「風雲児たち」もある意味それなんだよね。

江戸期の人物伝みたいなのを組み込んで自分なりの解釈や脚色しながら描いている。

 

 

──中高年に向けて読んでおくべき漫画があれば教えてください。

 

一番わかりやすいのは、「風雲児たち」。

歴史ものとしてはよくできていると思いますよ。

よく調べているし、しかも単なる絵解きじゃなくて、自分なりの解釈があってギャグがあって面白いんだよね。

あれも雑誌が潰れるたびに乗り換え乗り換えしながら繋いでやっているから。

コミケで手売りしたり、みなもとさんは持続する志みたいなのがあるんだよね。

もともとまだ無名の頃から同人誌やっていたんだけど、大手でダメなら同人でもやるという意識があの人にはある。

「風雲児たち」は40代、50代のビジネスマンだったら面白く読めるんじゃないかな。

江戸時代を面白おかしくわかるし、人物ごとの特色がみんな違いながら面白いんだよね。

 

──寛政の三奇人は小説だとなかなか出てこないイメージです。

 

そう、何人か歴史小説で書いていると思うんだけど、あんまり知られていないんだよね。

歴史小説なんかで書くと難しそうな感じがするけど、エッセー漫画と同じでとっつきやすく描かれていて、人物像もカリカチュアライズされて面白おかしくなっているよね。

あの作品の中で人気キャラというと平賀源内、高野長英、寛政の三奇人だよね。本来は幕末につながるわけだから、薩摩君主だとかが主人公になる気がするんだけど、爛熟期みたいな文化人に近い人たちが、面白いキャラとして描かれている。是非読んでみてほしいです。

 

 

──呉さんは論語から漫画まで何でもご存知ですね。大変勉強になりました。

 

俺がだいたい読んでいる本ってものすごく専門的な本は何もない。

岩波とか新潮とかで出ている本の知識だけで喋っている。

俺が読んだり、書いたりしているものでめちゃくちゃ難しい専門書なんて何にもないですよ。

例えばカントでもドイツ語で「純粋理性批判」なんて読んでないですよ(笑)。岩波文庫で読んでいるだけだよ。

 

──みんな読みが甘いんですかね(笑)。

 

専門家というのはものすごい専門書を読んでいると思われているけど、そんな人は専門家や知識人の1%もいませんよ。

ロシア文学の専門家でも、ドストエフスキーやトルストイ、ツルゲーネフを全部ロシア語で読んでいるかといったらそんな人いませんよ。

当たり前だけど。日本に数人いる、ドストエフスキーの専門家はドストエフスキーに関しては多分原書で、少なくとも1回は読んでいる。

だけどドストフエスキーの本・研究がロシア語でいっぱい出ているけど、それをロシア語で読んでいる人なんて誰もいませんよ。

各々手分けして翻訳して、誰それ先生の翻訳したドストエフスキー論を日本語で読んでいる。

もっと簡単な英文学でも一緒です。英文学者でも全ての英語の文献を読んでいるわけじゃない。

英語でさえそうですよ。

ロシア文学やフランス文学だとかなり怪しいよ。

逆に言えばね、岩波とか講談社とか新潮社で出ている本でね、実は99%の知識は間に合うということなの。

専門家、もしくは知識人、言論人がそれさえも読んでいないのはまずいんだよね。

 

今の社会は小粒になっている。しかしながら勢いを吹き返そうとしている流れもある。

だから皆、本を読もう。歴史、文芸、漫画にエッセー。日本には、世界には「面白いもの」が溢れている。

そんな財産を「面白がる人間」になれたら、また少し世の中が違って見えるかもしれない。

呉智英先生、知的好奇心を刺激させるお話をありがとうございました。

 

写真:田形千紘   文:五月女菜穂

 

 

 

 

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編集・構成 MOC(モック)編集部
人生100年時代を生きる、
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PROFILE

呉 智英

1946(昭和21)年、愛知県生れ。早稲田大学卒業。マンガ評論、知識人論など、さまざまな分野で執筆活動を展開している。日本マンガ学会前会長。『現代人の論語』『つぎはぎ仏教入門』『吉本隆明という「共同幻想」』『愚民文明の暴走』(適菜収氏との共著)など著書多数。

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