ローランド・オーザバルとカート・スミス。
対照的な声質を持つふたりを中心に、今もなお活動を続けるティアーズ・フォー・フィアーズ。
西寺駅長は、彼らが1985年に発表した『ソングス・フロム・ザ・ビッグ・チェアー』(以下『ビッグ・チェアー』)を、彼自身が影響を受けたアルバムの筆頭に挙げる。
全米ビルボード・チャート首位獲得曲「シャウト」を始め、「ルール・ザ・ワールド」(同首位)「ヘッド・オーヴァー・ヒールズ」(3位)など世界中でヒットしたキャッチーなシングルが多く収録されたのみでなく、アルバム・トータルの魅力を教えてくれた作品だと駅長は語ってくれた。
このアルバムのジャケットの中を開いて不思議に感じたんですが、我々が主にティアーズ・フォー・フィアーズのメンバーと見なしているローランド・オーザバルとカート・スミスのふたりの他に、4人の男性が写っていますね。
ティアーズ・フォー・フィアーズは、ギタリスト、キーボーディスト、シンガーのローランド・オーザバルと、ベーシスト、シンガーのカート・スミスの2人組と思われがちです。
長いキャリアを見れば確かにそれは正しいんですが。
ただ、今回話す1985年にリリースされたセカンド・アルバム『ビッグ・チェアー』の頃は、キーボードにイアン・スタンリー、ドラムにマニー・エリアスを加えた「四人組」として活動していたんです。
まさに「通常のバンド体制」ですよね。
そうなんですよ。
きちんとクレジットもされていますし、ビデオにも出てくるんですが。
ローランドのギターや、カートのベースもすごくいいですしね。
いわゆる普通のロック・バンドなんですよ。
ただ、どうしてもアルバムのいわゆる「表1(ひょういち)」や、取材や写真撮影など表舞台に登場するのが、ローランドとカートふたりのみということもあり、デュエット、ポップ・ユニットというイメージが強かったんですよね。
不思議なんですが、このアルバムには8曲入っていまして、シングル・ヒットした「シャウト」と「マザーズ・トーク」、最終曲の「リスン」の三曲は、ローランドとキーボードのイアン・スタンリーとのふたりでの共作なんですね。
「リスン」に至っては、イアンが中心になってアレンジも担当し、ローランドが手伝った形としてクレジットされています。
え!ローランドとカートではなく、ローランドと鍵盤のイアン・スタンレーの共作がそんなに多いんですか?
そうなんですよ。
それだけでなく代表曲「ルール・ザ・ワールド」はローランドとイアンと、プロデューサー、クリス・ヒューズの共作。
ジャズ・テイストの二曲目「ワーキング・アワー」は、ローランドとイアンと、ドラマーのマニー・エリアスとの三人での共作。
イアンはアルバム8曲中、5曲の根幹に関わっているんです。
残る三曲のうち、「アイ・ビリーヴ」と「ブロークン」は、ローランドの単独作品。
ということで、実は「ルール・ザ・ワールド」などでリード・ヴォーカルを担当して、グループの「もうひとりの顔」であるカート・スミスは、作詞・作曲者としては「ヘッド・オーヴァー・ヒールズ」ただ一曲を、ローランドと共作しているだけなんです。
もちろん、ローランドとカートは13歳で出会った時からの親友で、バンドの軸であることは揺るぎないんですが。
えー!今日の今日まで、ふたりが中心のソング・ライティング・チームで、キーボードとドラマーはサポート・ミュージシャンなのか、と思い込んでいました。
このジャケット写真を見れば、そう思ってしまいますね(笑)。
『ビッグ・チェアー』のパッケージを開くと、ローランド、カート、マニー、イアンの他に、プロデューサーのクリス・ヒューズと、その隣にエンジニアのデヴィッド・バスコムらしき人物も写っています。
この六人が、もの凄い才能を持ちより、複雑に個々の味をスパークさせたことが、本作が名作となった理由だと僕は思ってます。
その後、イアンやマニーは脱退し、難産の上に完成したアルバムが1989年9月リリースのサード・アルバム『シーズ・オブ・ラヴ』です。
ここからは、ビートルズ的なサイケデリアが衝撃的なシングル「ソーイング・ザ・シーズ・オブ・ラヴ」が、大ヒットし、今もたまにCMなどに使われますね。
ちなみにこのサード・アルバムでも、カートがローランドと共作したのは「ソーイング・ザ・シーズ・オブ・ラヴ」一曲のみ。
その一曲が強烈に凄いんで、それでいいんですけど。
『ビッグ・チェアー』で共作した「ヘッド・オーヴァー・ヒールズ」もビートルズ的なんで、カートはそういう曲が得意なんでしょうね。
ただ、イアンやマニーが脱退したことで、ローランド・オーザバルのワンマン・バンドと言うべきムードはどんどん加速。
結果的に一時はカートも脱退し、ローランドひとりで「ティアーズ・フォー・フィアーズ」を名乗るまでになります。
ちなみに脱退したイアン・スタンリーは、A-haの『イースト・オブ・ザ・サン、ウェスト・オブ・ザ・ムーン』のプロデュースを手がけたりもしました。
このアルバムの代表曲「シャウト」はキャッチーなフレーズの繰り返しで、インパクトがかなりありますね。
「シャウト」は、言わば「シャウト、シャウト」という歌詞が繰り返されるだけの、キャッチーの極みみたいなシングルです。
ただし6分33秒という長さでシンプルなフレーズやリズムが繰り返される中で、次第に広がりと深み、快感を増してゆくんですよね。
聴くたびに発見がある。
プロデューサーのクリス・ヒューズも、ドラマーとしてレコーディングに参加していると記されています。
確かに二人のドラマーが叩く「ツイン・ドラム」ならではのプリミティヴな高揚感もあって。
以前、若い頃、所属したレコード会社で「一回聴いて覚えられる曲が本当にいい曲なんだ」と語り、「聴く人を驚かして、とことんインパクトある曲を作るべきだ」と主張するディレクターがいました。
要するに「もっとキャッチーな曲書いてこい」というダメ出しでした。
「一回聴いてその曲を理解でき、覚えられることは、もちろん良いことなんですけど、仮にその曲が、10回や20回聴いて飽きてしまうレベルだったなら、僕は全く意味がないと思う!」とムキになって言い返したことを覚えてます。
言い返しながら、脳裏をよぎったのが「シャウト」や「ルール・ザ・ワールド」のことでした。自問自答しまして……。
自分に対する言い訳かもしれないな、と思ったりしたんです。
そういう意味でも、いつも僕の心の、道標というか、北極星みたいな場所に位置するのが、1985年の、「四人組」のティアーズ・フォー・フィアーズなんですよね。
本当にいい曲かどうか、という判別は難しいものなんでしょうか?
例えば、「ビックカメラ」や「ドンキホーテ」の店内テーマソングだって、かなりキャッチーな曲じゃないですか。
あれはあれで素晴らしい。
でも、それを10回、ましてや20回連続して自分ひとりで聴きたいと思わないと思います。
つまり、変な言葉を言ったり、キャッチーな歌詞やメロディーラインを取り入れ、インパクトだけを求めれば一回聴いて覚えられる曲は意外に簡単に作れるかもしれない。
一時期の熱狂は生み出せる。
でも、何回聴いても、何年経っても瑞々しい発見がある楽曲やアレンジを創るのは、至難の技だなぁと。
アルバムも同じで……。
僕もたくさん作って来ましたが、一枚完成して、ツアーが終わるたびに、達成感と疲労感に襲われ、たいてい「燃え尽き症候群」みたいになってしまうんです。
そんな状態の時、再び心を奮い立たせ、「もう一回アルバムを作ろう」っていう気持ちの切り替えをするために聴くのがこの『ビッグ・チェアー』。
突き抜けたシングルが数曲あるだけでなく「アルバム」としての魅力も兼ね備えている。
ここまで到達したい!と毎回トライする目標。
そんな作品なんですよね。
例えば、飲食店の経営をされている方だったら、「本当にいい食材だけを使っています」って言って、自信を持って営業しても赤字が出たら続かないじゃないですか。
本当にいいものを作っても、ごく少数の人が認めてくれるだけで落ち込むことも多々ありますよね。
世間が悪い、と思いたくなると最悪です。
僕にとって、そっちに傾きそうな陰鬱な心を救ってくれるのがこのアルバムなんです。
この『ビッグ・チェアー』のレベルに到達すればいいのに、出来ないとしたらそれは自分が悪いって。
そう考えた方が、希望が残るじゃないですか。
1985年、イギリスから北東貿易風に乗って「ルール・ザ・ワールド」と「シャウト」二つの曲が全米を席巻した。
時代を超越したサウンドは、今も僕たちに新しい発見をさせてくれる。
続いては、お待ちかねプリンスの登場です!お楽しみに。
写真:杉江拓哉 TRON 取材:水野高輝 / 鈴木舞
編集・構成 MOC(モック)編集部
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