「幸せ」とは何だろう――日本は安全で、治安も良くて、豊かで、インフラも教育制度も整備されています。
不景気といっても、GDPは世界3位。しかし私たちは心から幸せだと思える人生を送っているのでしょうか?
その問いに答えてくれるのは、注目の書籍『幸福の「資本」論』や『お金持ちになれる黄金の羽の拾い方』を世に送りだした作家・橘玲(たちばな・あきら)さん。
日本社会の構造分析や海外の事情も交えながら、人生100年時代の生き方戦略について考えます。
──まず前提として、2020年に向けて景気はどうなっていくのでしょうか?
長期的には、割と楽観的に考えています。
AI(人工知能)などテクノロジーの進歩は大方の専門家の予想を超えており、これからさまざまな分野でイノベーションが生み出されていくでしょう。
昨年の今頃はトランプが大統領になって世界は大混乱だとみんな言ってましたが、実際は株価が大きく上がりました。
グローバル経済が大きくなり過ぎて、もはやトランプのような人がアメリカ大統領になってもほとんど影響を与えられないのでしょう。
資本主義というのは一人ひとりの「もっと豊かになりたい」という欲望の集積ですから、政治のちからで止めることは不可能です。
今後もグローバル化は進展していくと考えています。
──ヨーロッパの移民問題やトランプ大統領の登場で右傾化を危惧する声も多いですが。
社会が右傾化しているとよく言われますが、実はこれは逆で、現代社会で起きているのはリベラル化、グローバル化、知識社会化の三位一体の巨大な潮流です。
右傾化というのは、それに対するバックラッシュ(反動)なんですね。
“Me too(「私(me)も(too)」を意味し、SNSでセクハラなど性的虐待の被害を告発し深刻さを伝える運動)”が象徴的ですが、10年前や20年前だったら「何、バカなこと言ってるの?」で終わった話です。
カトリーヌ・ドヌーヴ(1943年-。パリ17区出身の女優。仏紙・ルモンドに書簡を寄稿し、“Me too”の過熱化に警笛を鳴らす)が「男には口説く権利がある」といって批判されましたが、恋愛は男のナンパで始まるんだからセクハラとの区別などできないという理屈です。
でも今は、かつてのナンパはセクハラという不道徳な行為になり、さらに「犯罪」とまで見なされて社会的制裁の対象になった。
社会が右傾化して女性に対して差別的な男が増えたのではなく、リベラル化によってセクハラの基準が厳しくなって、昔は単なるジョークですまされたことが今は許せなくなってきている。
それに対して男性が逆に被害感情をもつようになったというのが現在の状況でしょう。
リベラル化が進む背景にグローバル化
世界全体が急速にリベラル化しているというのは私の勝手な思い込みではなく、アメリカの進化心理学者スティーブン・ピンカー(1954年-。アメリカの実験心理学者、認知心理学者)が『暴力の人類史(青土社、2015年刊行)』で、膨大な歴史資料に基づいて検証しています。
ピンカーによれば、リベラルの大潮流は北欧やオランダなど北のヨーロッパから始まって、アメリカの東海岸(ニューヨーク、ボストン)と西海岸(ロサンゼルス、サンフランシスコ)に伝播し、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどのアングロサクソンの移民国家から日本や韓国、台湾、シンガポールのようなアジアの先進国、中国、インド、アフリカや中東社会へと広がっている。
サウジアラビアで女性が車を運転できるようになったのもその一つで、IS(イスラム国)のようなカルト集団に目を奪われるとこうした変化を見逃してしまいます。
なぜ世界中でリベラル化が進んでいるかというと、ひとつはグローバル化の影響でしょう。
国境を越えて移動するひとはますます増えていますが、旅先で有色人種だという理由で差別されたくないじゃないですか。
楽しむために旅行をしているのに、嫌な体験をしたらその国にもう二度と行きたくないと思う。
「観光客(@東浩紀)」はみんな、人種や宗教、民族や国籍で差別されないリベラルな扱いを求めているんです。
ホテルやレストランにしても、今はTwitterやFacebookで誰でも情報発信できるから、「差別された」と書かれればすぐに炎上して国際問題になってしまう。
世界規模で展開しているホテルが「人種差別(レイシズム)」のレッテルを貼られたら、CEOが謝罪するくらいではすみません。
このように、グローバル化とリベラル化は表裏一体なんです。
ビジネスの世界ではリベラルであることが新しい常識
リベラル化が進むもう一つの大きな要因は、知識社会化です。
産業革命以降、人類はものすごくゆたかになっています。
人口も増えているし、一人当たりの所得も大きく伸びている。
欧米や日本のような先進国では、貧困層でも中世の王様より良い生活をしています。
中世では貴族ですら、5人子どもが生まれても成人できるのは1人か2人だったわけですから。
こうした“奇跡”を起こしたのが産業革命、すなわち「知識による革命」です。 知識社会化とグローバル化も、じつは表裏一体です。
シリコンバレーのベンチャー企業では、世界じゅうからもっとも優秀な人材を集めてこないとの競争に勝ち残れない。
インドに天才プログラマーがいたとして、「君は日本人じゃないから現地採用だ」あるいは「どんなに頑張っても本社では出世できない」と言われるのと、「社員は国籍にかかわらず平等で、能力さえあれば本社の社長にもなれます」と言われるのとでは、どちらの会社を選ぶかは考えるまでもないですよね。
日本企業では、現地採用の外国人が本社の部長になることすら想像できないでしょう。
それに対してマイクロソフトのCEOになったサティア・ナデラはインド生まれの「移民」です。
そしてこれは、アメリカでは珍しいことではないから話題にもならない。
高度に知識化された社会では、社員を国籍などで差別しないリベラルな会社に優秀な人材が集まってくる。
しかしこれは、「社員はみんな平等」ということではありません。
人種や国籍、性別や性的志向(LGBT)で社員を差別しないということは、「能力のみで評価する」ということです。
グローバルスタンダードにおけるリベラルな会社は、徹底した成果主義なんです。
ここを理解できないのが、日本企業が知識社会から脱落しつつある原因なんですね。
既得権益からの脱却なくして日本の未来はない
日本企業や日本人の働き方のガラパゴス化を象徴するのが、スマホなどを製造する中国の通信機器メーカー「Huawei(ファーウェイ)」が、日本で新卒のエンジニアを初任給40万円で募集しているという記事です(日経新聞1月22日朝刊)。
日本のメーカーで、新卒に40万円出せるところがあるでしょうか。
ところがファーウェイの採用担当者は、「優秀な人材を採用するためのグローバルスタンダード」とあっさり答えています。
「このままではシリコンバレーとの競争に勝てない」と警鐘を鳴らすひとがいますが、実態は中国企業にすら追い抜かれているわけです。
よく言われることですが、日本の会社は「正社員(サラリーマン)の共同体」で、要は中高年男性の既得権を守るための組織です。
この層が大企業の社員や公務員など日本社会の中核を担っていて、本音では「こんなやり方は続かない」と思っていても、「自分が退職するまでは」と今の制度にしがみついています。
初任給40万円の中国企業があるのに、年功序列で「若手は滅私奉公」の日本企業なんてまったく魅力ありませんよね。
グローバル化の波の中で勝ち抜くためには、世界中から優秀な人材を獲得するのが必須条件です。
それにもかかわらず日本は自国ファーストの雇用制度に執着し、世界の潮流から取り残されようとしています。
初任給20万円の日本企業と、40万円の外資系企業。どちらで働くことが幸せなのでしょうか。
イラスト:山里 將樹 文:natsu
編集・構成 MOC(モック)編集部
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