人生100年時代を楽しむ、大人の生き方 Magazine

橘玲氏「老後不安を減らすための新しい働き方と生き方」インタビュー【第3回】

 

65歳以上が総人口に占める割合が過去最高の27.7%をマークした2017年日本。

人生100年時代構想が叫ばれていますが、どんな変化が巻き起こるのでしょう。

人生の後半戦における節目のひとつが定年です。

価値ある労働力とは何か、老後の人生に立ちはだかる不安の正体とはどんなものなのでしょう。

日本経済新聞で連載を持ち、人生設計について読者からの質問に答えていた作家・橘玲氏に、老後を幸せに過ごすためのアドバイスを教えていただきました。

 

老後不安を減らすための新しい働き方と生き方

老後の不安も絶えません。

どうすれば、不安を解消できるでしょうか。

 

超高齢社会が到来して平均寿命が延び、100歳まで生きる人も珍しくなくなるといわれています。

その一方で日本国の借金は1000兆円を超えていて、年金制度が破綻するのではないかという不安が広がっています。

80歳や90歳でホームレスになって、公園や河川敷で暮らすことほど残酷な未来はありません。

そう考えれば、多くのひとが不安に思うのは当然でしょう。

人生を経済的な側面からとらえれば、その目的は生涯年収の最大化です。

そのための方法は3つしかありません。

一つは、人的資本を大きくしてもっと稼げる自分になること。

年収が300万円なら500万円、500万円なら800万円と、自己啓発によってどんどん稼げるようになればいい。

これは理屈としては正しいし、もちろん私も否定しませんが、誰でもできるわけでない。

しかし残りの二つは、実践すれば確実に効果があります。

それは、働く期間を長くすることと世帯内の稼ぎ手を増やすことです。

「終身雇用」といいますが、ほとんどのひとはたまたま入った会社に40年勤めて、60歳で定年を迎えます。

これではぜんぜん“終身”ではなく、定年というのは「超長期雇用の強制解雇制度」です。

そう考えれば、もっとも経済的に脆弱なのは専業主婦がいるサラリーマン家庭です。

60歳で退職しても、人生はあと40年あります。

20歳から60歳まで夫が40年働いて積み立てたお金と年金で、残りの40年、夫婦で計80年を悠々自適で暮らすような法外に恵まれた話がほんとうにあるのでしょうか。

「人生100年」の超高齢社会では、生涯現役(長く働く)と共働き(世帯内の稼ぎ手を増やす)しか現実的な解はありません。

欧米はすでにこのことに気づいていて、アメリカでは定年制は違法で、身体的な限界が来るまでずっと働けるようになっています(その代わり退職金はありません)。

人種や性別などあらゆる差別をなくさなければいけない社会では、定年制は年齢差別なんです。

かつてはこれは特殊な制度と見なされていましたが、イギリスでも定年制が廃止されました。

EUもあらゆる差別をなくすことが建前ですから、いずれ定年廃止が議題にあがるでしょう。

そうなると、「日本の終身雇用っていったい何なんだ?」という話になりますよね。

1億総活躍のためには、定年を理由に社員を解雇していてはだめなわけです。

老後問題というのは、定年後の老後が長すぎるという問題です。

人生100年でも80歳まで働けば老後は20年に短縮されます。

さらに共稼ぎなら、仮に年収200万円としても、副収入が10年で2,000万円。

60歳から80歳までの20年間では4,000万円です。

80歳時点で4,000万円あるかないかではまったくちがいますよね。

50代の読者向けの雑誌の取材で、「中高年のサラリーマンがいまからできることはなんでしょうか」と訊かれたので、「自分のこれまでの生き方は間違っていた」と奥さんに頭を下げて、いっしょに働けばいいんじゃないですかと答えました。

50歳のサラリーマンがこれから4,000万円も余分に稼げるようになるのはとてつもなく困難ですが、共働きならじゅうぶん可能です。

これからの時代は、「長く働く、いっしょに働く」です。

 

 

高スキルの専業主婦を労働市場から不当に排除

私の知り合いで、大学を卒業した後に、すぐに結婚・出産した専業主婦の女性がいます。

50歳になって二人目の子どもが大学に無事入学すると、なにをしていいかわからなくなってしまった。

日本では専業主婦は「子育て」を専業にする女性ですから、それが終わるとアイデンティティの危機に陥るんです。

そこで気分転換に働こうと思い、経験がないから派遣会社に登録して、教育事業を展開している会社に派遣されて英語の試験の添削をするようになりました。

じつが彼女は英文学の修士号をもっていて、2、3年で若手社員の指導をするようになります。

自分の子どもと同い年なので扱いに慣れていて、相手を傷つけない叱り方ができるんです。

そうするうちに上司が仕事の相談をしてくるようになり、正社員になる気はないかと打診されました。

一部上場の大手企業が50代半ばの派遣の女性を正社員にするなんて、かつてなら考えられないですよね。

「勤務時間を拘束されたくない」という理由で正社員の話は断ったのですが、60代半ばになったいまも派遣の上級クラスの時給で働いています。

本人は70歳まで働きたいと言っていて、時給2000円ですから、年収300万円として20年で約5000万円の収入になります。

 

それは中高年に勇気を与える話ですね。

 

日本の社会のいちばんの問題は、専業主婦だからとか、高齢者だからといって才能のある人材を労働市場から排除していることです。

そのなかには、彼女のように高学歴なのに働いたことがないという人や、バリバリ働いていたけれども今は孫の世話をしているという人がたくさんいます。

そういう優秀な人材を放っておくのはあまりにももったいない。

とくにいまは人手不足が深刻化していますから、会社としても高い能力をもつ人材を囲い込みたいと思うようなったんです。

 

 

高学歴のお母さんが子どもを東大に入れるためにだけ全ての能力を使って、労働市場にその能力が使われないというのは、もったいないですよね。

 

『言ってはいけない(新潮社、2016年刊行)』にも書きましたが、「子育て」はきわめて限定的な効果しかありません。

幼稚園のお受験は親の努力が報われるかもしれませんが、それ以降は遺伝と友だち関係で子どもの人格(キャラ)は決まっていきます。

親が努力すれば子どもが東大に入れるというのは、残酷なイデオロギーだと思います。

いくら努力しても東大に行けない子どもはたくさんいるわけですから。

子育て神話は、そういう母親に対して、暗黙のうちに「努力が足りない」と批判するわけです。

専業主婦は子育で失敗できないというプレシャーが強いのですが、子どもが発達障害だとどれほど努力しても効果がありません。

私の知人でもこうしたケースがありましたが、見ていてものすごく理不尽です。

日本の若い女性は専業主婦願望が強いのですが、国際的な幸福度比較では、生活の満足度は共働きが当たり前のアメリカの女性の半分くらいしかありません。

専業主婦に憧れて、実際に専業主婦になったのに、彼女たちの幸福度はものすごく低い。

まわりから「子育てしかやってないのに、なんでうまくいかないの?」と言われたら、それってとてもきついですよ。

 

人的資本を放棄した専業主婦に待っているのは、貧困への道

 

『専業主婦は2億円損をする』(マガジンハウス)という本を出したんですが、ネットで炎上したんです。でもこれは1+1=2みたいな話で、大卒の女性が60歳まで働いた時の平均的な生涯年収は(退職金を除いて)2億円です。

より詳しい計算をニッセイ基礎研究所の久我尚子主任研究員がしているのですが、それによると、大卒女性が2度の出産を経て正社員として働き続けるとして、育休や時短を利用しても、生涯所得は2億円を超えます。

それに対して第1子出産後に退職し、第2子の子育てが落ち着いてからパートで再就職した場合の生涯所得は6000万円です(日経新聞2月23日朝刊)。

子育て後に働いたとしても、1億4000万円も損をすることになる。

でもこの単純な事実を認められない専業主婦がものすごく多いんですね。

もちろん、日本は(社会的な男女格差の指標である)ジェンダーギャプ指数が世界114位という最底辺の国ですから、子どもを産んだ女性が働きづらい社会であることは間違いありません。

でもそれを理由にキャリアを切ってしまえば、次に働くときには非正規の仕事しかないのですから、逸失利益は1億円をゆうに超えます。

セクハラやマタハラに耐えてまで働くべきだとは言いませんが、老後の経済的安定を考えるなら、会社を辞めても仕事はやめないほうがいい。

専業主婦は生活を夫に依存し、ママ友という狭い交友関係しかない。

なにかのきっかけで夫の収入がなくなったり、ママ友世界から排除されてしまえば、すべてを失ってしまいます。

私はこの状況を「貧困」と呼んでいます。

経済学者のゲーリー・ベッカー(1930年-2014年。アメリカの経済学者、社会学者で、1992年にはノーベル経済学賞を受賞)は、健康も含めた「働いてお金を稼ぐ力」を人的資本と定義して、先進国の富の75%を占めていると推計しました。

先進国では、ゆたかさの大半は人的資本です。

20代後半や30代前半の、もっとも人的資本が大きいときにそれを放棄するというのは、経済合理性からは最悪の選択です。

 

生涯現役でいることで老後の経済的不安を解消

最後に、金融資産1億円を持っていれば老後は安心と言われていますが、ほんとうにそんなに必要なのでしょうか?

 

1億円という金額がどこから出てくるかというと、それだけあれば将来の経済的な不安から解放されると思われているからです。

でもこれは、生涯現役でも解決できます。

老後が短くなればそれだけ必要な資産は少なくなるし、105歳で亡くなる直前まで診察をしていた日野原重明さんにはそもそも「老後問題」はありません。

平均的なサラリーマンの生涯収入は3億円ですから、マイホームを手に入れ、子どもを大学まで出し、税金や社会保険料を払ったらとうてい1億円など貯まりません。

そこで株やFX、ビットコインなどをやってみるのですが、素人がマネーゲームに手を出してもぼったくられるのがオチです。

とはいえこれには理由があって、いちばん問題は年金制度が信用できないことです。

北欧は年金に対する信頼があるので、老後のための蓄財は必要ないと思われています。

税金は高いとしても、手元にあるお金はすべて使ってしまっていいわけです。

アメリカはこれとはちがって、理想的な死に方は「できるだけ多額の借金を背負っていること」です。

日本ではマイホームを売っても相殺できない借金は働いて返さなくてはなりませんが、アメリカではどれだけ不動産価格が下落しても、担保になっている不動産を金融機関に明け渡せば借金はチャラですから。

 

 

借金で自殺する方が多いことを考えると、日本にも取り入れたい考えですね。

 

でもこれがリーマンショックにつながったんですけど(笑)。

返す必要のないお金を借りられるなら、家をどんどん買って借金を膨らませればいいだけです。

リーマンショック前にハワイでゴルフをしたのですが、パブリックコースで一緒に回るアメリカ人に必ず「家を持っているか」と聞かれました。

「いや、賃貸です」と答えると、18ホールを回っている間ずっと「お前は間違っている」と説教されるんです。

「家を担保に借金するだろ。

そしたら次の家を買って、それを担保にまた借金をする。

これを繰り返せば大金持ちになるじゃないか」

って3人くらいから同じことを言われて、ゴルフをやめました。

ずっと怒られてるんじゃ全然楽しくないですから(笑)。

 

アメリカには、まだ土地神話が根強く残ってるのでしょうか。

 

経済が好調で移民によって人口が増えていく社会では、不動産を担保にお金を借りたほうが得だという考えになりますよね。

人口減の日本では、東京の地価は上がっていても地方はどんどん下がっているので、同じことをやれば破産してしまいます。

 

いい投資は先はないでしょうか?

 

世界経済を見ると、テクノロジーの進歩に合わせて市場は拡大しています。

日本経済がどうなるかはわかりませんが、日本を除く世界の株式に投資する「上場MSCI世界株(1554)」のようなETFに投資すれば、長期的にはグローバル市場の成長から利益を得ることができるはずです。

 

 

幸福の条件は「アラームを止める」こと

お金は大事だけど、お金だけでは幸福になれないというのは誰でも知っているでしょうが、最近わかってきたのは、(平均して)独身なら年収800万円、子どものいる家庭では1500万円の世帯収入で幸福度が変わらなくなることです。

ミシュランの高級店に行ってボルドーの高級ワインを頼んで夫婦2人で10万円払うのと、近所のおしゃれなビストロに行って、テーブルワインで楽しく飲み食いするのを比較したときに、そこに10倍の差がありませんよね。

恋人とお洒落なレストランで食事して、好きな洋服やバッグを買って、年に1度か2度海外旅行するくらいなら年収800万円で実現できます。

子どもがバレエを習いたいとか、サッカークラブに入りたいとか、あるいは私立に進学したい、留学したいと言ったときに、その願いをかなえてあげられるのが世帯年収1,500万円なんですね。

幸福というのは相対的なものだから、世間一般で幸福と思われていることができれば、それでじゅうぶんなんです。

逆にいうと、お金のことを気にしなければならないときに幸福度は下がります。

貧しいことが不幸なのは、今月の家賃はどうしようとか、消費者金融から督促が来るとか、子ども学費や給食代が払えないとか、いつもお金のことを考えていなければならないからです。

これはいわば、「生存への脅威」を感知してアラームががんがん鳴っている状態です、いちばんシンプルなのは空腹で、血糖値が下がって「このままでは死んでしまう」と警報が鳴る。

これはものすごく不快な状態なので、なんとしても空腹を満たそうとする。

人類はずっと半飢餓状態で生きてきましたから、このような警報システムの必要性は明らかです。

食糧の欠乏と同様に、「お金の欠乏」や「時間の欠乏」でもアラームが鳴ります。

グローバル企業のCEOは超富裕層ですが、彼らの幸福度が高くないのは、時間に追われて警報ベルが鳴りっぱなしになっているからなんですね。

「時間がないのはお金がないのと同じ」(センティル・ムッライタナン、エルダー・シャフィール『いつも「時間がない」あなたに』早川書房/2015年刊行)なんです。

幸福は主観の問題ですが、アラームを止めれば幸福度が上がるというのは人類に普遍的な法則です。

そう考えれば、幸福な人生設計するためになにをすればいいのかが見えてくるのではないでしょうか。

 

人生100年時代。老後のことを考えると不安が募る一方です。

それならば、橘玲さんの言う生涯現役を貫いて、老後をなくしてしまうのはいかがでしょうか。

平日は仕事。

週末は夫婦で温泉へ行ったり、孫と動物園で遊んだり、友人と食事をしたり、読書をしたり…。

80歳、90歳になっても、お金や健康、孤独といった不安に苛まれることなく普通の暮らしができたら、それだけで幸せを感じませんか?

 

イラスト:山里 將樹 文:natsu

 

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編集・構成 MOC(モック)編集部
人生100年時代を楽しむ、
大人の生き方マガジンMOC(モック)
Moment Of Choice-MOC.STYLE

 

PROFILE

橘 玲

1959(昭和34)年生まれ。作家。小説『マネーロンダリング』『タックスヘイヴン』のほか、ノンフィクションも著し、『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』はベストセラー。『残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法』『「読まなくてもいい本」の読書案内』など、著作多数。

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