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鴻上尚史氏が特攻隊員の人生を辿る。『不死身の特攻兵ー軍神はなぜ上官に反抗したかー』を書いた理由とは?【第1回】

 

演出家であり、作家である鴻上尚史氏。

著作『不死身の特攻兵ー軍神はなぜ上官に反抗したかー』(講談社現代新書)は、2017年11月の刊行からの累積発行部数が13万部を超えました。

日本型組織の不条理と向き合う中高年のビジネスマンを中心に支持を得ている本著ですが、敵艦に飛行機で体当たりする特攻に9回出撃して、9回生きて帰ってきた元隊員の佐々木友次氏に鴻上氏自らがインタビューを重ね、特攻の実像に迫っています。

全3回にわたるMOCインタビューでは、本著執筆の思いをお届けします。

そこで浮かび上がってきたのは、戦中の日本と人生100年時代を迎えた現代日本に存在するとある共通点だそう。

 

「日本及び日本人とは何か」という興味があった

【ある本の小さな記述によって、「9回特攻に出撃して、9回生きて帰ってきた」人のことを知りました。

その人は、陸軍の第一回の特攻隊のパイロットでした。

海軍の第一回の特攻隊は『神風(しんぷう)特別攻撃隊』と名付けられ、零戦に250キロ爆弾を装備して体当たりしました。

陸軍の第一回の特攻隊『万朶(ばんだ)隊』は、九九式双発軽爆撃機に800キロの爆弾をくくりつけて、体当たりするものでした。

それでも、9回出撃して、体当たりしろという上官の命令に抗い、爆弾を落として、9回生きて帰ってきた人がいました。

名前は佐々木友次。その時、彼は21歳の若者でした。

いったい、どうしてそんなことが可能だったのか。

生きて帰ってきた時、上官や仲間達を含めた周りの反応はどうだったのか。

知りたいと思いました。(はじめにより)】

 

もともと戦争に関する興味や特攻に対する熱い思いがあったのでしょうか?

 

平均的というか、特別に深いわけではなかったですよ。

平均的な男子の戦争に対する興味みたいなのはあったという感じですよね。

 

戦後70年以上が経ちますが、非常に「現代性」を感じる著作でした。

 

「“いのち”を消費する日本型組織に立ち向かうには」という文句が本の帯に書いてあるでしょう。担当編集者が書いてくれて、俺はこれを見て、ハッとしました。

「だから俺はこの佐々木さんにすごく惹かれたし、特攻というものを調べようと思ったんだろうな」と思いました。

特攻というものだけではなくて、今のブラック企業とかブラックバイトとか、ブラック校則もそうですが、特に典型的には過労死の問題も含めて、ブラック企業は“いのち”を消費しながら日本型組織として生き延びているし、活動を続けている。

その構造は特攻と同じなんだなという思いはありました。

 

 

組織の中で命を消費されるニュースが昨今目立つように感じます。

 

過労死の問題は昔からですけど。

それが高度成長期は、ある程度しょうがないみたいな思われ方もして、「会社が発展するためにはそういうことはあるだろう」みたいな感じでね、前面には出てこなかっただけだと思います。

昔から連綿と続いている精神構造だし、社会構造だと思います。

ここ1、2年の話では全然ないです。

 

脈々と続いている精神構造・社会構造ですか。

 

特攻に関して、それ以前はそんなに研究はしてこなかったのですが、僕は日本人ということに関しては『「空気」と「世間」』(講談社現代新書、2009)という本を出しました。

いかに日本人が中途半端に壊れた世間の中で生きていて、社会が自分を支えてくれるセーフティネットにもならず、そういう中でどうやって生きていくんだろうという試行錯誤を書いています。

講談社現代新書シリーズだと、『クール・ジャパン!?-外国人が見たニッポン-』も書きました。

一体日本とは何かと、日本万歳ではなくて、海外から見た日本の面白いところを描く感じです。

僕の中ではこの『不死身の特攻兵』も、その、日本及び日本人とは何かということを考え続けている延長線上なんですよ。

 

 

「佐々木さんは希望ですから」

 

佐々木友次さんという存在を知って、彼に会いたいということからスタートしました。

鴻上さん自身が佐々木さんに一番惹かれた部分というのは?

 

それは9回特攻して9回帰ってきたという日本人がいたんだということが、一番衝撃がありました。

実在されたのが衝撃的でした。

 

鴻上さん自身、佐々木さんの立場になって気持ちを入れ込んだのかなと思いました。

執筆中、精神的にもきつかったのでは?

 

特攻を調べるのはね。

でも佐々木さんは希望ですから。

佐々木さんと話すのはすごく楽しかったし、佐々木さんに会いに行くのは、全部で5回あったわけですけど、そんなにしんどくなかった。

ただいろんな文献を読んで、中に出てくる冨永司令というとんでもない上官含めて、そういう人たちの記録を読んでいくのはしんどかったですね。

すごく。

 

佐々木さんの思いを鴻上さんが丁寧にすくい取っている印象です。

 

それは佐々木さんがなぜそんなことができたのか知りたかったですからねぇ。

5回会ったのも、人は初対面でいきなり本音なんてしゃべるわけないので。

特に特攻で生き延びたなんて、すごくナイーブなことに関しては。

 

【「お顔がどんな顔をしてるか。どんな気持ちで、心を決めてお話しできるか、それもわからないからね」(195ページ)】

 

佐々木さんは目が不自由になっていて、すごく慎重に慎重に自分のことをどう語るかと考えていた。

だから5回会う必要があったし、5回とも同じような質問をいろんな聞き方をしたんです。

それだけしてやっと…でもまだ知りたかったのは、なぜ立ち向かえたのか。

なぜ死なずに死んだのか。

いろんな資料読むと、もちろん1回帰ってきた人もいるけれど、上官から罵られて、罵倒されて、死ぬためだけの出撃をする記録の方が多かったので。

なぜ佐々木さんはこんなことができたんだろうというのをすごく知りたいから、一生懸命、佐々木さんの立場に立とうとしたということですよね。

 

 

鴻上さんは佐々木さんの冨永司令への思いを引き出そうとしているんですけど、佐々木さん自身、いろいろなことを「過去」として片付けているのでしょうか。

 

【ー友次さんは富永司令官に対しては悪い印象ないんでしょう?

「ないんですよ。

握手している」

ー逃げたって聞いたとき、どう思いました?

「逃げたから卑怯だなんて誰も思いませんよ。

作戦上の名誉の撤退だって言って」

(略)

ーどうも逃げたらしいと。

その時はどう思いました?

「何回も言うけど、一伍長がそんな、頭、回りませんよ」(202ページ)】

 

司令官に対するジャッジなんてできないというのはなるほどなぁと思いました。

新入社員が大企業の社長に対してジャッジしろと言われてもそれはもう無理ですからねぇ。

 

【ー故郷の目は冷たかったですか。

「それは冷たいですよ。

生きて帰ってきたからやっぱり妬みもありますよ」

ー2回も、にぎにぎしい葬式を出したし、皮肉を言われたり?

「それはそうですよ」

ー友次さんにはこたえました?

「こたえましたね」(183ページ)】

 

あとは、生きて故郷に帰って、「冷たいですよ」と、ぽそっと仰ってそれ以上言わなかったのは、もちろん佐々木さんの性格もすごくあるんだと思うんですねぇ、余計なことを語らないというか、語りだしたらきりがないだろうなと思いました。

 

 

大岡昇平の『レイテ戦記』にも佐々木さんが登場することを書かれていますね。

 

【大岡昇平の『レイテ戦記』(中公文庫)には、6行ほど佐々木に関する描写がある。

12月4日の万朶隊の特攻を説明し、

「その時、搭乗員佐々木友次伍長は体当たりはせずに爆弾を命中させてから、ミンダナオの飛行場に着いた。

特攻隊中の変わり者で、自分の爆撃技術に自信があり、体当りと同じ効果を生めばよいのだという独自の信念の下に、爆弾を切り離して生還したのであった。

処罰を主張する上官もいたが、冨永司令官の裁量で、この日再び出撃させたという。

ただし伍長は再び生還した。

その後何度出撃しても必ず生還し、二ヶ月後エチャゲ飛行場で、台湾送還の順番を待つ列の中に、その姿が見られたという」

戦争の悲惨さと上層部の愚かさを冷静に描写した戦争文学ではありながら、どこか佐々木が「生還したこと」に対する批判的な匂いがあると感じられるのは僕だけだろうか。(150-151ページ)】

 

多分、よく佐々木さんのことを知らなかったから、当時の風評というか噂をもとに書いたのだと思います。

もし直接佐々木さんに会って、会話をしていれば、それこそ『野火』や『レイテ戦記』など名作を書かれた方なので、ああいう書き方にはならなかったと思いますけどね。

やっぱり会えなかったからでしょうね。

風評でジャッジしてしまった。

それ以外の自分が見たり聞いたりしたことに関しては実に冷静に批評的に書いている方なので。

そう思いますね。

 

鴻上尚史氏は「9回特攻に出撃して、9回生きて帰ってきた」佐々木友次氏の存在を知り、会いたいと思い続けてきた。

その突き動かされるような思いは何だったのか? 

鴻上氏のテーマである「日本及び日本人とは何か」を探るヒントが佐々木氏の生きた時代にあったからからかもしれない。

次章では、『不死身の特攻兵ー軍神はなぜ上官に反抗したかー』の反響から見えてくる現代社会の様相についての話を掲載します。

 

写真:田形千紘     文:五月女菜穂

 

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編集・構成 MOC(モック)編集部
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PROFILE

鴻上 尚史

作家・演出家。早稲田大学法学部出身。
1981 年に劇団「第三舞台」を結成し、以降、作・演出を手がける。現在はプロデュースユニット「KOKAMI@network」 と若手俳優を集め旗揚げした「虚構の劇団」での作・演出が活動の中心。これまで紀伊國屋演劇賞、岸田國士戯曲賞、読売文学賞など受賞。舞台公演の他には、エッセイスト、小説家、テレビ番組司会、ラジオ・パーソナリティ、映画監督など幅広く活動。また、俳優育成のためのワークショップや講義も精力的に行うほか、表現、演技、演出などに関する書籍を多数発表している。最新作は「不死身の特攻兵  軍神はなぜ上官に反抗したか」 (講談社現代新書)。

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