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笠谷和比古氏が語る「徳川家康の謎と素顔④ 」 〜家康の意外なストレス発散方法〜

 

歴史家の笠谷和比古先生が徳川家康の意外な真実に迫っていくシリーズ。

今回は家康の知られざる趣味について話を掘り下げます。

 

家康は常人にはないパワーみたいなものが備わっていたのでしょうか。

 

家康の特徴として、想定外の事態や危機に陥ったときの決断が非常に明確であるということが挙げられます。

他の人だったらちょっと躊躇してしまって迷っているうちに大勢に流されて漂流する羽目になってしまいますが、家康は予想外のことでもそれに立ち向かって状況を自ら切り開くパワーを持っていました。

だから、そこから健康問題が出てきます。

家康は普段から節制していて、健康に留意していたのです。

最近分かってきたのは健康の源っていうのは実はアロマだったのです。

 

 

家康はアロマに癒やしを求めていた

 

家康がアロマ?

 

これは意外でした。

家康は毎晩アロマ、つまり香木を炊いてその香りで癒やされていたということです。

そういうことが近年の研究で明らかになってきています。

前回、家康が東南アジア貿易をどうしてもしたい理由があるとお伝えしていましたが、その理由になります。

家康は香木趣味がありまして、特に一番高級な伽羅に相当お金をつぎ込んでいたのです。

伽羅は東南アジアでしか採れないのです。

そこで東南アジア諸国に商人を派遣して、伽羅を入手しようとしたのですね。

 

東南アジア諸国の側からしたら毎回日本の商人が伽羅を求めてやって来るから結局国交問題になるのですね。

だから本来伽羅を求めるだけだったのだけれど、日本と東南アジア諸国との間に国交関係が結ばれ、商人達も通常の商売を始めるようになって、朱印船貿易の大きな繁栄に繋がっていったということです。

 

 

さらにマザコン説も

 

家康は女子っぽいですね。

親近感がわいてきます。

 

まだあるのですよ。

旧来は学問には関心が深いけれど、艶事には一切興味はない堅物イメージで理解されてきたのだけど、実はそうではないことが次第に見えてきました。

彼は一般の遊興事とかにはあまり興味がないのだけど、実は能と狂言には大変造詣が深くて、晩年に至っては能と狂言は毎晩のようにやっていたようです。

能はシリアスで、狂言はコメディーなのですけどね、家康は両方に親しんでいるのです。

狂言は狂言師とわざわざ新作を共同で作っているくらいに熱心です。

能はまたすごく上手で、家康の技芸の中でも特別だったようです。

しかも彼の能は勇壮な「武者物」ではなくて、幽玄能の極致であるような「女物」なのです。

実際、自らも巨体ながら演じていたようですけどね。

彼が演じた中で「野宮」という、『源氏物語』の光源氏と六条御息所(みやすんどころ)との野宮の別れを舞台として恋の葛藤を描いた作品があるのですが、それを家康は一番得意としていたようです。

もう一つ、こちらは『伊勢物語』に材を取っていますが、在原業平が清和天皇の后候補だった藤原高子(「二条の后」)をさらって落ち延びていく愛の逃避行を描いた「雲林院」という能もまた家康の得意とする作品でした。

家康は能を得意としていたということ、それは「叶わぬ恋」をテーマとする作品であったというのは、興味深いことではないでしょうか。

それは家康の従来のイメージを大きく変えるのみならず、より立ち入って家康の人となりを考えるにあたって、重要なヒントを与えてくれているように思います。

私は、この能に込められた家康の心の底にある思慕する女性とは誰かというところ興味があります。

それはずばり、家康の母、於大(おだい)の方ではないかと思うのです。

人質時代もずっと仕送りを続けてきてくれた母親、幼くして別れたために顔は知らないけれど、一目会いたいと思い続ける心の渇望が恋の物語に執着する心理の背景にあるように思います。

 

 

人質時代に育まれた文化的素養

 

マザコン説まであるのですね。

 

家康は人間的なのです。

これは彼の人質時代に原点があって、それを抜きにして家康の人格形成をかんがえることはできません。

人質時代を過ごした駿府という地域が当時の東海道では一番文化が高い場所だったのです。

そんな駿河で青年期まで過ごしたおかげで、非常に高度な文化的素養を得たわけですね。

そこで学問好きという彼の根本的素養ができたわけです。

そこにまた能の一流の人々もいて、一緒に能をする機会もあって。

茶の湯も能も幼いときから一流のものが仕込まれているわけです。

実は和歌も上手で、思いついたように書いた和歌とか連歌が残っているのですが、駿府の田子の浦で何を思ったか、一人で百首を詠んでもいます。

このようなことはやろうと思えばいくらでもできてしまう人でした。

 

豊臣武将が惹かれた家康の“人間味”

 

意外に器用で、人間的な姿が見えてきました。

 

豊臣武将たちが家康に引かれるのは、武将としての家康の存在に惹かれるわけで。

何かって言いますとね、家康は政治は気長だけど、軍事はそうではなくて、これ家康はかなり意識的に使い分けているのです。

政治についてはどこまでも忍耐強く、これはよく知られている家康のイメージです。

政治や他のことに関しては屈辱も甘んじるし、忍耐もするけれど、軍事に関しては一貫して妥協は許さないのです。

例えば、相手が信長の場合、ほとんど信長の意のままに家康は従うけれど、ただ軍事に関しては例外です。

軍事におけるフォーメーションの問題、陣立ての問題があって、家康は二番手に置かれた。

駄目、絶対駄目。

一番手にしないと駄目だと。

例えば「姉川の合戦」のとき、家康はちょっと遅れて参陣してきた。

だから既に陣立てができているので、翌日の戦いでは二番手に位置してくれと信長に言われたのですが、家康はそれに従わなくて、「二番手とは何事か、絶対に一番手でなければ困る」と強く抗議した。

「しかし陣立ては完了しているので、まげて二番手に入って欲しい」と信長が頼み込んだのですが、家康は「絶対にダメ!」と言って頑として譲らなかったのです。

抗弁したと。

あの絶対に人のいうことを聞かない信長が家康の勢いにおされてタジタジとなって、結局、家康の要求どおりになってしまったのです。

で、従ったらしいです。普段は従順で温厚で忍耐強い人間がいきなり豹変するわけだから。

でもそんな家康の姿が、家臣や仲間の武将たちにとって非常に頼もしく感じるのですよね。

このメリハリを家康は意図してやっているのか、性分かは謎ですけれど、このメリハリが家康の独特のカリスマ性を作る重要な要素となっています。

だからこのイメージでドラマを作ってほしいですね。

資料を丹念に見ていけば自ずから浮かび上がる家康の姿ですから。

 

家康の戦国武将らしからぬ“女子的生活”や、“二面性”が家康の武将としての魅力に貢献していることが明らかになりました。

家康のように仲間に慕われ、危機的状況を切り抜ける力をつけるためには、自分のイメージとは違う意外性のあることに挑戦してみるのもよいかも!?

 

 

写真:田形千紘 文:安藤紀子

 

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編集・構成 MOC(モック)編集部
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PROFILE

笠谷 和比古

1973年3月、京都大学文学部史学科卒業。
1996年4月、国際日本文化研究センター研究部教授  総合研究大学院大学教授兼任。
2015年3月、定年退職 国際日本文化研究センター名誉教授・総合研究大学院大学名誉教授。
この間、ドイツ・チュービンゲン大学、ベルリン大学、中国・北京外国語学院、ベルギー・ルーヴァン・カトリック大学、フランス・パリ大学東洋言語学院などの客員教授を歴任。 現在、桃山学院大学客員教授
NHK人間講座「武士道の思想」の講師(2002年)。NHK「その時、歴史が動いた」(2005年8月、2006年11月など)や「BS歴史館」(2011年12月、2012年9月) などにもゲストコメンテーターとして出演。 
また社会的活動として、伝統技術を生かした物作り、自然と融和した街づくり、伝統文化の現代的展開を目指す舞台芸術、武士道に基づく人格の陶冶といった実践的研究に取り組んでいる。

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