ストレスはびこる現代社会において、”癒し”は重要なテーマになっています。
そんななか、人と人との触れあいである“タッチ”に着目し、その驚くべき効果を発表しているのが山口創先生です。
「心と体を科学する」をモットーとしたアプローチで、タッチが人間の人生にもたらす癒しを教えていただきました。
ほんの十年、二十年前と比較しても、肌に対する世間の関心度は高まっていますよね。
山口先生が皮膚の研究を志したきっかけは?
私は最初から皮膚の研究者というわけではありませんでした。
もともとは心理学です。
心理学を始めようと思ったのは、対人関係をもっと勉強したかったからなんです。
自分自身、対人関係に悩んでいた時期もあって関心が湧いたのでしょうね。
ただ、心理学を研究されている先生がちょうど大学にいなかったんですよね。
仕方がないのでいちばん近いことをやっている先生についたんです。
その先生が「身体心理学」を研究していたんです。
身体心理学というのは、ヨガや太極拳、座禅など、まずは体を変えることからスタートして心を整えていこうという考えを持っています。
つまり、心と体をひとつとしてみる心理学なんですね。
その身体心理学の考えと、私が興味を持っていた人間関係をなんとか結び付けられないかなということをずっと考えていました。
体からアプローチして人間関係を変える手段はないかということで、〝タッチ”に行きついたんです。
人に触れるということで心がどう変わるか、という「体から心へのアプローチ」です。
体と心の両面に着目したときに、〝タッチ”の重要性に思い当たった。
大学院のころは身体心理学といっても、人との距離や視線をどう変えるかという、体に関するテーマを扱っていたんです。
博士課程まで出て、次に何をしようかと考えたときに、距離をゼロにしたほうがお互い大きな影響を与え合うのではないかと思ったんです。
距離がゼロというと、タッチになりますよね。
そう考えていくと、人間関係の本質的な部分として、タッチは大きな役割を担っているのだと、考えるようになりました。
それと同時に皮膚自体の機能にも着目するようになりました。
調べてみると、皮膚は実に多彩な能力を持っているということがわかってきました。
たとえば音。耳に聞こえない超音波や低周波などの音も実は皮膚が捉えていて、人間に凄く大きな影響を与えているというのは驚きましたね。
耳で聞こえているのは20ヘルツから2万ヘルツくらいの狭い範囲なんですけども、それ以外の周波数はすべて皮膚がキャッチしているんです。
たとえば音楽のなかに超音波の成分を入れてみた実験があります。
その音楽を聴くと、普通の音楽を聴くよりも、とても甘美に感じられたり、より感動するということがわかってきました。
超音波は当然、耳では聞きとれていないわけですが、皮膚が音の振動を感じているんです。
また光もそうです。
紫外線を浴びると、日焼けして皮膚は黒くなります。
目に見えない紫外線をキャッチしているからです。
紫外線は目には見えませんが、皮膚は感じているんです。
皮膚の潜在能力は高いんですね。
敏感なだけにストレスや孤独など、その人の精神状態の影響を受けやすいのでしょうか。
そうですね。
両面があります。
意識というのは皮膚の感覚からできていると言われます。
そして逆に、心の状態が皮膚に現れるという面もあるんですよ。
ですから皮膚に常時接している下着やシーツや布団などを意識するのも一つのケアだと思います。
皮膚に触れるものは、ちょっとでも柔らかいものにしたり、自然素材のものにすると、ストレスを感じにくくなるということはあります。
皮膚の感覚すべてを意識するわけではないんです。
意識されるのは氷山の一角。
ですが、無意識にのうちにも皮膚は確実に脳へ信号を送っています。
心と体が皮膚から受ける影響というのは大きいですよね。
イライラしていると無意識のうちにボールペンをカチカチ鳴らしたり、顔を触ったりする人は多いですよね。
それらも一緒のセルフメンテナンスのようなもので、心を落ち着かせるための一種のタッチなんですよ。
皮膚感覚や何かを〝触る”ということが、人のコンディションに与える影響は大きいということですね。
さきほどのシャツの話でいいますと、着心地で選ぶということですよね。
西洋の文化では、見た目が重視されています。
視覚的な色やコーディネートが洋服選びのポイントになります。
日本は歴史的にみると、身につけるものを触覚で選んできたんです。
「風合い」という言葉がありまして、視覚的な要素よりは、着心地がいかにいいかということが着物の評価のポイントでした。
それを表す言葉が「風合い」なんです。
日本の文化や生活と皮膚感覚との関わりが深かったとは……。
皮膚の疾患を訴える患者数は、やはり年々増えているのでしょうか?
アレルギーは確実に増えていますね、アトピーもそうですし。
最近は新しい説が出てきています。
今まではアレルギーの原因について、口から(アレルギー成分が)入ってくることが原因と考えられていました。
最近の説では、手などで直接触ることにより、皮膚からその(アレルギー)成分が入ってくることが原因のひとつであるとも考えられています。
皮膚疾患が出るか出ないかは、肌のコンディションにも左右されるんですよ。
健康的な肌状態だったらアレルゲンを触っても、そんなに皮膚を通過しないので大丈夫です。
ところが肌荒れや湿疹があったりしてバリア機能が低下していると、アレルギーの成分が体内に直接入り込んでしまいます。
大人になってある日突然、アレルギーを発症するというのは肌のコンディションが悪いためだった、というケースがあります。
肌が弱っていると状態というのは、どんなコンディションでしょうか?
乾燥は大敵ですね!
あとは湿疹、手荒れもありますよ。
やはり保湿が基本のケアです。
あとは油分も大事です。
日焼けを例にみてみましょう。
上から注がれてくる太陽の光を浴びるので、一番日焼けしやすいのは鼻のはずなんです。
ところが実際は違います。
鼻はあまり日焼けしなくて、頬骨のあたりが最も日焼けしちゃうんですよ。
なんでかというと、鼻には油分がたっぷり出ているから。
そのおかげで日焼けがそんなに進まないんですね。
頬骨は油分の分泌が少ないので、うっかり日焼けをしてしまうらしいんです。
だから油分も大事ですね。油分と水分が大事。
山口先生は心理学も研究されているとのことですが、心理療法における〝タッチ”、いわゆるスキンシップの効果は期待できますか?
そう思いますね。
たとえば認知症や発達障害、摂食障害にしても、触れるということになんらかの症状が出てきやすいんですよ。
触覚とか皮膚の面に影響が出やすい。
たとえば摂食障害の患者さんは触覚に鈍感な傾向があります。
ですから患者さんの皮膚を刺激すると、摂食障害の症状がよくなることがあるんですよ。
認知症の場合も皮膚の感覚が鈍くなっているので、皮膚をゆっくりマッサージしてあげると症状が和らぐんです。
そういう方々にうまく触れてあげると、それが治療になっていきます。
肌と心の症状はとてもリンクしているんですよ。
というのも、タッチすると「オキシトシン」というホルモンが出てくるんです。
オキシトシンによって、人は気持ちよくなってきます。
オキシトシンは絆ホルモンや幸福ホルモンと呼ばれていて、人が幸せを感じることと関係の深いホルモンです。
オキシトシンは、触ったり触られたりすることによって分泌されます。
触らなくても分泌されますが、分泌を増やすのに一番いい方法はタッチですね。
スキンシップによって、幸せの感度も変わってくるんですね。
ですが、スキンシップって少し照れてしまいます。
他人とタッチし合うというのがどうも、歳を重ねるほど……(照笑)。
世の中いろいろな面でタッチをする機会が減っています。
親子関係でいうと、子供が泣いたら泣き止ませアプリを見せる時代ですね。
会社の中でもセクハラなどの問題があるので気軽に触れられない。
小学校でも先生は生徒にヘタに触われないんです。
体育の授業で逆上がりをするとき、先生は生徒を手伝うことができません。
触るとセクハラと言われてしまうこともあるために、教師は念には念を入れて触れないようにしているんです。
「手」伝うという言葉は手を使っているのに……。
そうですよね。
病院でも医者や看護師が患者に触れなくなっています。
ありとあらゆる場面で触れるという行為がなくなってしまっているんです。
なぜでしょう。
それは、触れるということだけにフォーカスして、そこだけを切り取っているからです。
「触れた/触れない」という点に過敏になってしまっている。
本来は触れる前に信頼関係があるはずです。親密な関係を築いて、そこから初めて〝触れ合い”が成立する。
そうであれば、触れた/触れないなんてことは問題になることはないはずなんです。
触れることのメリットは多くあります、本当にたくさん。
「触れたからダメ!」という単純な考え方はすごく不自然だなと思っています。
触れ合う機会の減少は、社会の至るところで始まっています。
照れるから? 怖いから?
その原因を考えたとき、人と人との信頼関係は切っても切り離せないようです。
人生100年時代に生きる私たちが測りかねている、心の距離とは、そして肌の距離とは――。
第二回インタビューではタッチで整える心のコンディションについてお話しを伺います。
写真:田形千紘 文:鈴木舞
編集・構成 MOC(モック)編集部
人生100年時代を楽しむ、
大人の生き方マガジンMOC(モック)
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