漫画界の巨人・小池一夫先生に迫るシリーズ。
第三回となる今回は、小池先生が物語作りの神髄を披露。
時代小説を書くときに必要なスキルとは?
――高齢化社会になり、6 0代70代で新たにクリエイティブな事を始めるということが静かなブームになりつつあるようです。
先生が主催する「キャラクターマン講座」には中高年の世代の生徒さんはいらっしゃるんですか?
多いですね。かつて大学時代は作家になろうと憧れたけれど道を外れて違う世界に入っていって、それでも小説の世界に、憧れるというね。
そういう人たちは多いんじゃないかな。転機っていうのは訪れるんですね、誰にでも。
ただ、昔大学時代に文学部で小説をやっていたから書けると思うのは大間違いなんですよ。
時代の進化っていうのはすごいものなんです。
キャラクターの進化って僕は言いますけれど。
いろんな小説も、漫画も、その変わり目が凄い速さですよ。
アメリカのDVDに影響されている部分もありますからね。
今の時代っていうのは、人間が取り替わる時代なんですね。
――今はどんな小説がウケるのでしょうか?
小説の世界では今文庫の世代、時代劇の文庫。これらはやっぱりいい部数出てますねえ。
上田秀人をトップにして佐伯泰英、それから風野真知雄、門田泰明、それから坂岡真、辻堂魁、ここら辺5・6人が時代劇のトップを走っています。
今朝も本屋へ寄ってきましたけれども、60代が2、3人、時代劇コーナーの前をウロウロしているなあと思って見てましたよ。
ところが行きつけの本屋が改装しましたら、時代小説を平積みも面差しもしていない。
表紙見れないわけですよ。ご年配の人たちはしゃがんで一生懸命探してるわけですよ。
だから僕は本屋の店主を呼んで、「ちょっと、せっかく西のぼるさんという当代一の挿し絵画家が表紙を描いてる本なのに背表紙しか見えないのはダメじゃないか」と言ったら、素直に聞いてくれてねえ、平積みの台をだーっと作ってくれて、時代劇をずらっと並べ始めたわけ。
途端にまた売れ出したんじゃないかな。
言っちゃ悪いけど、日本のトップの出版社よりも、その下のクラスの出版社の出している時代劇文庫、動いてますよ。分かるんですよね、積んである本が減ってきてるからね。毎日一回は本屋回りしますから。
よく書いているのは上田秀人さんですよねえ。
この人の作品が面白い所は、その戦いじゃないんですよ。理屈なんです。
例えば徳川吉宗が作った御三卿の勢力争いが大奥にまで及ぶ。武力による戦いじゃなくて、政権争い。
今の自民党政権と民主党が争っている形のもの。
その中で主人公がどうしたらいいかっていう。サラリーマン社会ですよね、まるで。
――実際に時代劇を書く場合は、相当な勉強が必要だと思います。具体的にはどのような知識が必要ですか?
時代用語だけは昔のまんまでいないとまずいわけでしょ。
例えば月代っていう武士の頭。何故つるつる頭を剃っているか分かりますか?。
兜をかぶった時に汗をかくからです。
あと悪い人たちのことを白波五人男とか、白波女なんていうでしょ。
それはなんだと思います? まるでクイズ問題やっているみたいな感じですが、それは三国志の時代の黄巾の乱。
中国で暴れた黄巾族の一派が、白浪族の語源なんですよ。で日本に来ていっぱい悪さをしている。
中国の白波をとって白波五人男、というわけです。
それから、「いやあソメイヨシノは美しいなあ」なんていうでしょ。
これが明治からの言葉ですから、それを江戸時代の大名が、「いやあお宅のソメイヨシノ見事だ」と言うとそれは間違い。
そういう間違いを犯しちゃっちゃあだめなんだ。
時代劇の言葉、刀の使い方、それからいろんな剣術の流派、いろんなことを含めて間違ってはいけない部分というやつをしっかりわかっていれば、その子細ができれば、あとはどんな話を作ってもいいわけですね。
――物語をつくる上で最も重要なことはなんですか?
キャラクターの大きさですね。
僕がキャラクターって言葉を使いだす前には、あまり使われてなかったんですけれども、キャラクター原論っていう本を出して、その中で「キャラクターを起ろ」と、書いたんです。
キャラクターには弱点がなければいけないとね。
例えば「子連れ狼」では、弱点は三歳の小さい子ども。
乳母車に乗せて連れているから争いになったらどうなるか、ハラハラハラハラするでしょ。
ドイツの英雄ジークフリードもそう。竜の血を浴びて、無敵の体になるんだけど、一枚の葉っぱがはらはらはらと落ちてきて、これが心臓の後ろに張り付くわけですね。
鋼鉄の肌が、そこだけ人間の皮膚なってしまうわけです。
だから誰か後ろに回られると「危ない危ない」ってハラハラドキドキするわけね。
――キャラクターを活かすストーリーはどのように生み出していくのでしょうか?
ストーリーを考えると、これまた大変なんです。だから謎を作るんです。
たった一つ謎を作っただけで、これでストーリーが自然になる。どんなドラマだってそうじゃないですか。
お嬢ちゃんが学校の帰りにね、ふっとお母さんの姿を見つけた。男性が寄ってきて腕組んでお母さんと二人で歩いている。
「あれうちのお母さん、あの男の人は誰だ!?」。
謎でしょ?
だからあとをつけると。
そうなると続きが見たいじゃないですか、やっぱり。
謎を解いた時に、「ああ、そうだったのか」とAHA効果っていうのが出て、満足するわけです。
あとは「ナキ」といった感情ですね。読んでいてジーンとなるような要素。
それからあっと驚くような「ヒネリ」が入っていること。
で、ラストシーンで、“チャオチャオ!”なんてセリフが書いてあると、「ふーんこいつやるな」となる。
ラストシーンにはこういう「アソビ」を入れる。
というような事を一つ一つ解説するのが、僕のキャラクター塾ですけれどもね。
だから大切なのはキャラクターなんだということ。
謎があって、ヒネリがあってナキがあって、そういうことをパッと理解できる人は早いですよね。
あの“バキ”を描いた板垣恵介みたいに、キャラクターをすぐ掴んでくれたりしてね。
――先生は以前著作の中で、原稿用紙を目の前にしたときに、頭が真っ白になってなかなか思いつかなかったっということを書かれていましたが、書けるようになるための秘訣などありますか?
とにかく何書いても結構だけれども、原稿用紙の前に一時間にらめっこして座れって言う。
座って原稿用紙をじーっと見つめる。一時間ですよ。
一時間座っていると、にらめっこですよ、原稿用紙と。
途中で飯食ったりコーヒーに立ったりテレビ見たりしちゃうと、もうダメ。
それを繰り返さないと、小説の世界ではやっていけない。
それをねえ一ヵ月くらいやってもらうんです。
これやったら強いですよね。
高橋留美子なんか言ってますよ、いまだにそれを辛抱しているとインタビューにも答えていますからね。
原稿用紙を見て、原稿用紙と話すことによって、キャラクターと話すようなモチベーションがグーっと上がっていくんですね。
モチベーションがないと書けないですよ。
人間がとり替わる時代において、あらゆるジャンルの作品たちも物凄いスピードで進化している。
作品を発信する人、受信する人、その両側にいる人。
あなたはどこにいて、どんな作品と触れあっていますか?
これからどんなかたちで作品と触れあっていきますか?
より楽しく、「今を生きる」小池先生のように、世の中の面白いを味わって生きていきましょう。
小池先生、インタビューありがとうございました。
写真:田形千紘 文:安藤記子
編集・構成 MOC(モック)編集部
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