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自立と孤立、依存と共存 中村うさぎ連載コラム 〜第37回〜

 

〜連載第37回〜

自立を目指して生きてきたら、いつの間にか孤立していた。

依存症に苦しんでたら、共存という新たな道が見えてきた。

これは、そんな私の半生の話です。

 

他者との関係性は時間の積み重ねによって形成される。

そして、時間の積み重ねとは、すなわち記憶の積み重ねである。

記憶は我々のアイデンティティの基盤であり、他者との繋がりの結び目でもある。

 

母が認知症になってから、「記憶」というものについていろいろ考えるようになった。

わずか5分前の出来事も忘れてしまう母は、人や自分の言動がまったく記憶に残らないので、いつも狐につままれたような気分になるらしい。

挙句、周囲の人間が嘘をついているのではないか、自分は騙されているのではないかという疑心暗鬼に陥って、被害妄想に彩られた奇想天外な陰謀論を脳内で構築する。

 

だが、母のような認知症患者でなくても、被害妄想や陰謀論的世界観を持つ人は少なくない。

彼らは記憶に障害があるわけでもないのに、他者が自分を陥れようとしている、あるいは何か特定の集団(ユダヤ人とか)が世界を蝕み支配しようとしている、という考え方に強く固執するのだ。

これは面白い現象である。

記憶を失う前から、人間にはそもそもそういう傾向があるのではないか、と思わせる。

放っておいたら我々は、どんどん被害妄想的になっていくのかもしれない。

そして、その被害妄想の根底にあるのは、どれも「他者によって私の所有物が奪われている」という恐怖と不満だ。

 

認知症になってからの母は、おそろしく金への執着が強くなった。

自分の財布の金が誰かに盗まれると懸念してあちこちに金を隠しては、その隠し場所を忘れて「お金が消えた! 誰かに盗まれた!」と大騒ぎする。

一番に疑われるのは同居人である父で、母は父が自分の財産を勝手に遣っていると思い込んでいる。

結婚して60年あまりの年月で培ってきたはずの信頼感は、もはや跡形もない。

母のこの被害妄想はもちろん記憶の喪失に由来しているが、もっと根本的な部分にあるのは彼女の「所有への執着」であろう。

「自分の所有物が不当に侵害され奪われている」というのは、「所有への執着」が現実への不満と結びついて生じた病的な被害妄想だ。

 

そんな母を見ていると、トランプ大統領を支持した白人貧困層を思い出す。

彼らは「白人なのに貧困に甘んじている」という現状への不満を、「自分が当然与えられていいはずの職や機会を移民たちが不当に奪っている」という被害妄想に結び付け、移民への憎悪と差別感をつのらせていた人々だ。

母もまた、積もり積もった自分の人生への不満を、「夫と名乗る男が自分の幸福の権利を不当に奪っている」という物語に書き換えているのかもしれない。

 

財産も権利も、「所有」の概念に根差している。

我々から「公正さ」や「他者への信頼」といった理性的部分をそぎ落としていくと、最後に残るのは「所有への執着」と「現状への不満」であり、そのふたつが結びついて被害妄想に彩られた陰謀論的世界観が生まれるのだ。

 

人間以外の動物にも「所有」の概念はある。

自分が見つけたエサを奪われそうになると、獣は唸って牙を剥く。

それはもう、人間も含め、すべての動物の本能なのだろう。

だが、「本来自分が所有していて当然のものを誰かが不当に奪っている」という感覚は獣にはないので(そもそも「正当」「不当」の概念がない)、被害妄想に陥ることはない。

人間は権利という概念を生み出したばかりに、「所有への執着」が簡単に「被害妄想」にすり替えられるようになったのだろうか。

 

いやしかし、「権利」とは、そもそも「平等」を目指すための概念なのではなかったか。

それは本来、「所有」ではなく「分配」の概念なのではないか。

なのに、人はそれを「所有」に結び付けて権利を主張し、充分に与えられないと感じると「不当に奪われている」と考える。

 

母の金に対する執着が滑稽なのも、そこである。

彼女は「夫が私の財産を横取りする」と主張しているが、彼女の預金や財布の金は、そもそもその「夫」が汗水流して稼いだものなのだ。

自分の所有権しか頭になく、その金を誰が稼いだかに考えが及ばないのは、認知症によって彼女の客観性が損なわれているせいもあるが、元々「私は夫から不当な目に遭わされている」という不満が心の奥に溜まっていたからではないかと思う。

その不満があるからこそ、「財産を横取りされる」などという妄想が生まれるのだ。

 

こんなふうに考えたのは、先日、彼女がまた新たな疑心暗鬼を口にしだしたからだ。

以前はもっぱら「金を奪われる」ことを疑っていたのに、今回は「他の女に夫を奪われる」という妄想だった。

しかも、何故だか私をその「夫を奪うけしからん女」だと思い込んだようで、娘の私に向かって

「人の家にずかずか上がりこんで図々しい!

あなた、夫のアレなんでしょ?

出て行って!」

などと怒鳴ったのであった。

いつもは夫のことを「私の金を盗むとんでもないヤツ」だと思っているくせに、今度はその夫を盗られまいと娘に牙を剥く。

もはや、理屈も何もない、ただの「所有権」への執着である。

 

彼女は長年、自分が夫と娘に搾取され続けたと感じていたのかもしれない。

だが、自分もまた搾取する側ではなかったか?

いや、それは「搾取」ではなく「ギブ&テイク」ではなかったのか?

そして、家族やコミュニティというのは、そもそもこの「ギブ&テイク」なくして成り立たないのではないか?

 

人間はそもそも与えることを好まない生き物だということを、認知症の母からひしひしと感じる。

与えないばかりか、奪われることばかりに目が行く生き物なのだ、我々は。

その欲望を制御するのが「他者への愛と信頼」であり、「他者への愛と信頼」を裏打ちするのが「記憶」なのであろう。

認知症によって、母は「所有」の亡者となった。

だが、それは、自分の利益のために権利ばかり主張して何も与えようとしない人々と、どこが違うというのだろうか。

(つづく)

 

イラスト:トシダナルホ

 

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編集・構成 MOC(モック)編集部
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PROFILE

中村 うさぎ

1958年生まれ。エッセイスト。福岡県出身。
同志社大学文学部英文学科卒業。
1991年ライトノベルでデビュー。
以降エッセイストとして、買い物依存症やホストクラブ通い、整形美容、デリヘル勤務などの体験を書く。

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