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自立と孤立、依存と共存 中村うさぎ連載コラム 〜第4回〜

 

〜連載第4回〜

自立を目指して生きてきたら、いつの間にか孤立していた。

依存症に苦しんでたら、共存という新たな道が見えてきた。

これは、そんな私の半生の話です。

 

買い物依存が「社会的承認」で、ホスト狂いが「女としての性的承認」であれば、美容整形は私にとって何の承認だったのか。

それは、よりわかりやすい「商品価値」だ。

対異性に限った価値ではなく、同性からも認められ、広く世間一般に通用する「商品価値」。

 

私たちにはみんな、「値札」がついている。

女だけではなく、男たちも常に他者から値踏みされ品定めされて生きている。

たとえば「年収」は、その人の「社会的価値」の値札ではないか?

アイドルやモデルやホストやキャバ嬢など、男女問わず見た目の美しさが露骨に金銭価値に繋がる職業もある。

画家や作家は才能に値札をつけられる。

住んでいる家、乗ってる車、着ている服、食べる物、出身校……すべてが値踏みされ格付けされる、この社会。

私たちは他の物品と同様、商品として流通し、消費されているのだ。

 

美容整形は、確かに「モテ願望」から導かれたものである。が、美しさに価値を認めるのは必ずしも男性ばかりではない。

「でも、ブスじゃん」「でも、ババアじゃん」という言葉で人を貶めるのは、男性ではなく、たいていが女性たちだ。

そして美人を文句なしに崇め奉るのも、また女性。

男性も美人をチヤホヤするが、それは単に「美人に相手をして欲しい」というだけの理由だ。

だが、同性の美人へのリスペクト、ブスへの侮蔑は、男性のそれよりも強く根深い。

何故なら、彼女たちはそこに「自分」を投影するからだ。

「美人=なりたい自分」と「ブス=なりたくない自分」という投影は、すなわち「なれるかもしれない自分」という希望と「なったら怖い自分」という恐怖である。

希望を与えてくれる美人を崇拝し、恐怖を与えるブスを憎悪するのは、当然の心情。

ゆえに、その反応は男性たちよりはるかに感情的だ。

 

女に値札をつけるのは男だけではない。

女もまた、同性に値札をつけている。

男だって同性を格付けしているのだから、これはもう私たちのどうにもしようがない習性なのであろう。

 

私はそろそろ何かを諦めなくてはならない年齢に差しかかっていた。

40代も後半になれば、仕事の評価も頭打ちになる。

恋愛市場での価値は暴落の一途。たとえ整形して見た目だけは若返っても、中身はオバサンだ。

若い男とは話が合わないし、同年代は恋愛対象外だ。

それでも若い男と恋愛しようと頑張ったが、向こうは向こうでオバサンなんか圏外だし、私は私で彼らの中身のない話に適当に相槌打つのも飽きてきた。

自分も若い頃はこんなものだったのだろうが、あまりに頭が悪過ぎてイラッとする。

 

もう恋愛なんかじゃ幸せになれないんだ、と、実感した。

恋愛で脳内麻薬がドバドバ出てた頃とは違う。

あばたもえくぼで相手の欠点がすべてキラキラ輝く長所に見えることもなくなり、「ああ、こいつのこういう部分、後で絶対嫌になるだろなぁ」などと先行きが透けて見えるようになると、もうワクワクしたりドキドキしたり、未来を夢見ることもしなくなる。

まぁ、年齢的にも、夢見るほどの未来はないもんな。

 

こうして私は、人生に少しずつ倦んでいった。

欲しいものがあんなにあったはずなのに、あれは未来というものがあるからこその欲望だったのか。

それとも、人生に対して無知であったがゆえの愚かで幸福な幻想か。

 

自分の人生で一番幸福だったのはいつだろうかと思い返してみたが、それすら思い当たらない。

べつに不幸なわけでは決してなかったし、それどころか運の良さでここまで来れたことに感謝しているくらいだが、だからといって「私の幸福とは何か」と問いかけても答が出てこないのだ。

まことにお粗末な話である。

 

もう、このまま老いて、ゆっくりと静かに人生の階段を降りていくだけなのかな、と思った。

相変わらず夫とは円満だし、仕事も安定しているし、まぁまぁな老後を迎えられるんじゃないか。

それはそれで幸福と言えるのではないか?

 

と、そんなふうに考え始めた頃だった。

私は突然、思いも寄らない病に襲われたのである。

もう先が見えてきたと思い込んでいた人生だが、本当は何も見えてなんかいなくて、相変わらず一寸先は闇だったのだ。

その闇に、私は真っ逆さまに落ちていった。

闇の底で私を待ち受けていたのは、生まれて初めて体験する「死」と「再生」であった。

(つづく)

 

イラスト:トシダナルホ

 

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編集・構成 MOC(モック)編集部
人生100年時代を楽しむ、
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PROFILE

中村 うさぎ

1958年生まれ。エッセイスト。福岡県出身。
同志社大学文学部英文学科卒業。
1991年ライトノベルでデビュー。
以降エッセイストとして、買い物依存症やホストクラブ通い、整形美容、デリヘル勤務などの体験を書く。

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