人生100年時代を楽しむ、大人の生き方 Magazine

自立と孤立、依存と共存 中村うさぎ連載コラム 〜第3回〜

 

 

〜連載第3回〜

自立を目指して生きてきたら、いつの間にか孤立していた。

依存症に苦しんでたら、共存という新たな道が見えてきた。

これは、そんな私の半生の話です。

 

 

買い物依存症は、その後10年近く私を苦しめた。

 

出版社への借金はかさみ、住民税を滞納して区役所かの徴税課から呼び出しくらい、それでも買い物は止まらない!

猛スピードで暴走列車に乗せられて、毎日悲鳴を上げてる気分だった。

ブレーキ! 誰かブレーキかけて――っ!!!

 

そんな暴走人生の真っ只中で、私は二度目の結婚をした。

相手は親友のゲイだ。

恋愛感情も性的関係もなく、ただただ友情で繋がった縁。

恋愛結婚が基本の現代日本社会で、こんな結婚がいつまで続くのか?

友人知人は興味津々で見守っていたが、じつは未だに夫婦である。今年でもう21年目。最初の結婚よりはるかに長続きしている。

おかしなものだ。恋愛が結婚の必須条件だと思っていたが、どうやらそうではないらしい。いや、むしろ私にとっては、恋愛こそが結婚の破綻を招いたようだ。

何故なら、恋愛は必ず冷めるものだからだ。

 

「恋は盲目」「あばたもえくぼ」とはよく言ったもので、恋愛中は相手のすべてがキラキラと輝いて見える。

だが、そのキラキラ期間が終わると、途端に相手の長所が欠点に裏返るのだ。

「優しい男」はただの「優柔不断男」に、「守ってくれる男」は「独裁者」に……そう、人間の長所と短所はコインの裏表。恋愛のメッキが剥がれると、一番好きなところが一番許せないところに変わる。まるで意地悪な妖精の魔法のように。

私の最初の結婚は、まさにそこで破綻した。理想の男が最低の男になった。

だが、恋人ではなく親友だった今の夫は、最初から下手にキラキラと理想化されなかった分、20年経っても変わらない。それは、とても大事なことだったのだ。

 

二度目の結婚からしばらくして、私の買い物依存は落ち着いてきたように見えた。以前ほどソワソワと買い物に出かけることもない。

なんだ、家にいても仕事以外にすることがなかったから買い物してただけなのか、と思ったりもした。

 

ところが、だ。

ブランド熱が治まってホッとしたものの、私は買い物という唯一の趣味を失くして、たちまち退屈してしまった。

そして、女友達と好奇心からホストクラブに遊びに行って、そこでまた新たな地獄を見ることになる。

 

最初は金の力で若いイケメンを支配するのが楽しいだけだった。しかし、そのうち、相手のホストに本気で恋してしまった。

そう、またあの意地悪な妖精がキラキラ魔法をかけたのだ。私は彼のすべてが欲しくてたまらなくなり、そのために大金を注ぎ込むようになった。

 

あの頃の私は何が欲しかったのだろう、と、今でも不思議な気持ちになる。

夫と仲良しとはいっても、しょせん相手はゲイだ。私は欲求不満だったのだろうか? 男に愛されたかったのか?

それもあるかもしれないが、たぶん買い物依存症と同じ「承認欲求」だったのだと思う。買い物の時は「社会的な承認」を求めていたが、それは不安定ながらも手に入った。皮肉にも、買い物依存の話を書き綴ったエッセイが売れて、以前よりも社会的認知度が上がったのだ。

逆に、周囲から「もっと買え、もっと買え」と言われるようになって、私はウンザリしてしまった。他人の承認を得たいくせに、期待されるのは苦手なのである。

だって他人の期待に応える人生って、他人に支配されることでしょ? それは私の願う「自立」じゃないもの。誰かに期待されなきゃ生きていけないなんて、そんな「他者への依存」は真っ平ごめんだ。買い物に依存するより厄介だと思う。

 

こうして、まがりなりにも社会的認知を得て、そのうえ世間の期待に辟易してしまった私は、もはや「社会的承認」など求めなくなっていた。

が、その一方で、日々老いていく自分に危機感を抱いていたのだろう。40代半ばの頃だった。女としての商品価値が急速に落ちていくのを感じていた。

ホストへの恋は、言うまでもなく、惨めな敗北感とともに終わった。遣った金はまた稼げばいいが、そこで突き付けられた「女の価値の消失」は修復しようがない。

金欲しさにいつまでも嘘まみれの関係を続けようとするホストを振り切れず、憎みながらも離れられない泥沼のような地獄がしばらく続いた。

 

その泥沼から抜け出したきっかけは、「美容整形」だ。失われた若さを取り戻し、欲しくても手に入らなかった美しさを獲得する。もちろん外見だけだが、それで充分だ。中身まで若い頃に戻りたいとは思わない。若い頃は今よりはるかに無知で臆病で不自由だったから。

 

美容整形で変わった自分の顔を初めて見た時のことは忘れられない。帰りのタクシーの中で自分の顔を鏡に映し、「もうホストはいらない」と呟いた。それはどうやら本音だったようで、私はあんなに引きずっていたホストとの関係をあっさりと断ち切ったのだ。

 

こうして、今でも続いている私の「美容整形」依存が始まったのである。

(つづく)

 

イラスト:トシダナルホ

 

 

自立と孤立、依存と共存 中村うさぎ連載コラム 〜第1回〜

 

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編集・構成 MOC(モック)編集部
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PROFILE

中村 うさぎ

1958年生まれ。エッセイスト。福岡県出身。
同志社大学文学部英文学科卒業。
1991年ライトノベルでデビュー。
以降エッセイストとして、買い物依存症やホストクラブ通い、整形美容、デリヘル勤務などの体験を書く。

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