55歳のときに病に倒れ、心肺停止に陥った中村うさぎさん。壮絶な経験を経て、「今までずっとしたかったことをしよう」と決意する。
これまで疑問を抱き続けてきた性風俗に対する世間の偏見や売春の是非について、2017年9月に上梓したのが、「エッチなお仕事なぜいけないの?」だ。
年齢を重ね、転機を迎えた時、人はどのような仕事に取り組んでいくのか?
誰しもが直面する健康と精神の問題を、中村さん仕事の軌跡を通して考える。
空いた時間に「何をすればいいんだろう?」がキッカケだった
──中村さんの最新作「エッチなお仕事なぜいけないの?」は、これまでの中村さんの著作から大きく方向転換をされているように思えます。
なにかきっかけがあったのでしょうか。
私の場合は病気をしたことですね。
世間的に会社勤めをしている人は、50代になると、定年後の人生を考え始めると思います。
今までの人生と全く違う人生のステージになっていくときに、何かやることを見つけておいたほうがいいのではないかと思います。
50代までの私は、雑誌での連載をこなしながら、連載が貯まったら本になってという、ルーティーンの仕事をずっとしてきていました。
その仕事がずっと続くと思っていたのですが、病気をして、中断していた雑誌の連載の仕事もなくなってしまい、生活の心配以上に考えたのは、「私、何をすればいいんだろう」と。今後一体自分は何をしていいのか分からない、というのが正直な思いでした。
今働き盛りの皆さんも、さまざまな事情で仕事が変わったり無くなったりしたりして、人生のありとあらゆるところで、急に今までの人生を変えなきゃいけない局面が来ると思います。
実際その局面に立ったとき、私は何にも用意していなかったけれど、急に訪れた空いた時間を何に使うかというのを、普段からいろいろ考えておいたほうがいいなと思いました。
私はそのとき初めて何をすればいいのか、何をしたいのか考えて、ずっと以前から考えていた事をまとめて本にしたいと思いました。
挑戦が生んだ、新たな気付きと喜び
──本のテーマは、ずっと以前から興味があったテーマだったんですね。
はい。SEXワークには以前から興味がありました。
SEXワークに従事している人を見下している人が多いと以前から感じていて、それをずっと疑問に感じていたのです。
私がデリヘルをしたときも、周りの人から「なんでそんなことするの?」と結構反対されました。
中には「お金に困っているわけでもないでしょう」という人も。
私は「お金に困っている人だけがやっているわけでもない」と、実際に知っていたので、なぜそういう考えになるのか本当に疑問でした。
なぜ世間の人は体を売ることは最終手段と思っているのかという疑問や思いを含めて本を作ってみようと思いました。
──実際に本作りに取り組まれていかがでしたか?
今回初めて、一から本作りに挑戦しました。
対談相手も自分からお願いをして、編集の仕事もできるところまでは自分で行いました。
初めは電子版にするつもりがないまま進行していて、出版にあたって手伝ってくれた編集プロダクションの方が「電子でも一緒に出せますよ」と言っていただいたので、そのままデータを入れてしまったんですね。
そうしたら電子書籍で購入した風俗嬢の人から「スマホで読みづらい」と言われてしまって……。
スマートフォンで読むと、画面いっぱいに文字になってしまって、読みにくくなるということを全く考えていませんでした。
「しまった!」と思いました。そこまで考えるのかと、新鮮でしたね。
「汚れる」といわれるものの正体
──「エッチなお仕事なぜいけないの?」は、SEXワークにおける世間的なタブーに踏み込んだ本になっています。
風俗が性の排泄場所、と見なされることが多い中、私が実際に風俗で働いてみたら、性欲を満たしたいというだけで来ている男だけじゃなかったのです。
そういう人もいたかもしれないけれど、奥さんや彼女には言えないファンタジーを満たしたいという男もいました。
お金を出してでもやってみたいけれど、彼女やパートナーに言ったらドン引きされるから言えない、という。
いろいろ望みを抱えていてやってくる男の人が多いんだな、という現実を知ることもできました。
私が一番知りたかったのは、世間の人が風俗業に従事するに対してよく言う“汚れる感じ”の正体です。
風俗の関係者は“スティグマ”と呼んでいますが、結局風俗をしていたというのが自分の烙印となって、風俗を辞めた後もずっと一生ついてまわってしまうという現実があるのです。
それは世間的にみて、「汚れた」という烙印だと思います。
「そんなことしてたんだ」と言われてしまう烙印です。
私は、なぜ性を売ったら汚れることになるのかっていうことが疑問でした。
風俗をすることが“汚れ”と思い込んでいる人が多いことは知っていましたが、その理由をきちんと語れる人がいないのです。
ですので、売春否定派の佐藤優さんに対談を受けていただいたのは非常に良かったと思います。
やりたいことは、今、やる
──今、中村さんの視点自体が、以前と違いかなり社会の方に向いている気がしています。
そうですね……。世の中のことを考える時間があった、というの実際のところだと思います。
これまで書いてきたエッセーは、買い物依存の話から入り、個人的な体験をつづるというパターンが多く、そのため何かを体験して、書いてみませんかというオファーも多かったのです。
自分が求められているのを分かっているからやってきたことであって、もっと違う視点が、自分の中にないわけではなかったのですが、そのことをあまり書くチャンスもなかったし、考える機会もあまりなかったと思います。
週刊誌の連載で書くエッセーのような文章は短いので、売春についてしっかり書こうと思ったら、エッセーを10回分から20回分くらい使ってしまう形になります。
そういうふうに毎回続く形になっていくのは皆が望む形ではなく、テーマをじっくり書き続けるっていうのは、なかなかできません。
やっぱり、一冊の本でがっつり取り組まないと思っていました。
私自身、病気をして心肺停止という目にあってしまってからは、人の人生って何が起きるか分からないなと、思いました。
そのとき、いろいろな人が駆けつけてきて、蘇生を施してくれたので、心臓も動き出したけど、もし家で心肺停止になっていたら、救急車を待っている間に、死んでいたかもしれません。
それに私自身、本当に罹患率が低い病気にかかって、一度死んでしまうような目に遭遇し、人間には本当に予想を超えることが起きるなぁと思いました。
私の周りの人は勿論、医者でさえ、私がその病気で死ぬとは思っていなかったそうです。
人は何が原因でいつ死ぬかなんて分からないから、もうやれることは今のうちにやっときましょう、というのは確かにそのとき実感しました。
「お墓はいらない」と考えた理由
──“電気がぷつっ……と切れた”ようになって一度死んでしまったと書いておられましたが、寝るのとは違う感じなのですか?
寝るのとは違います。ぷつん、みたいな。寝るときって、ぷつんと寝ないじゃないですか。似ているとしたら、美容整形手術をするときに、睡眠薬を点滴して、で、ふっと寝ちゃうアレです。
美容整形手術は「点滴はじめますよー」とナースさんが言って、私は目が覚めているうちに、メスを入れられたら絶対に怖いから「まだ起きているからね!まだ起きているからね!」ってずっと手術台の上で言っているんですよ。
で、そのうちに急に黙るんですよ。それで看護婦さんが「うさぎさん?・・うさぎさん?・・」って聞いて意識がないことを確認して、ああ、寝たねという感じで手術が始まるんです
その様子を動画で撮影していて、改めて見返したときに、あ、こういう感じで死んだんだな、と分かりました。
当事者としてはぱたっと急に意識がなくなる感じで、その後なんにもなくなって、気がついたらもう3日も経っていました
3日も昏睡状態で、心臓は動いているけれど、脳は機能ダウンという状態が3日間も続いたら、ほぼ死んでいるも同然です。
だから臨死体験の一つや二つあってもよさそうなものだけど、それがなかった。
まあ佐藤さんが言うには、「いや、それは死んでないからだ。だって、うさぎさん生きているじゃあないですか」って。。
もっと先に行ったら、天国の門があるとおっしゃるんですけれど……。
体感的には「ないない(笑)」みたいな。
──そうですよね。一回肉体は死んでいますもんね。
そうなんですよ。死んでいるはずだから、天国の門があったんだったら、おぼろげにでも見えるんじゃないかと。
で、そこから引き返すみたいな感じで生き返ったんなら分かるけど、何にも無かったので
なので、死後の世界が有無についてはは、私は、無いんじゃないかなと思いましたね。
だからもう私自身は葬式も墓もいらないと言っているんです葬式とか墓は死んだ後に、死者の霊とか、魂みたいなものが、この世から、どこかの世界に行くというのを前提とした儀式じゃないですか。
でも私は死後の世界は無いって思うっていて、前から夫にも墓と葬式はいらないって言っていたんだけど確信したので。
50代に突入し直面した人生の交差点。
そこでまさか生と死が交錯していたとは思いもよらなかった……。
そうして超えた死線の先で、自分のこと、性のこと、世の中のことが、少しずつクリアになってきているようです。
写真:花盛友里 文:安藤記子
編集・構成 MOC(モック)編集部
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