何をすればいいか迷う、自分の居場所がわからない・・・。そんな風に立ちどまってしまった経験はありませんか? 女性誌で相談コーナーを持ち、迷える多くの人からの相談に答えてきた夏木マリさんの言葉は、とても誠実で力強い。第二回インタビューでは、俳優として多彩な役柄を演じ、さらには演出家やパフォーマーなど表現の幅を広げ続ける夏木さんの視線に近づいてみました。
──著書『好きか、嫌いか、大好きか。で、どうする?(講談社、2018年発行)』のなかで「孤独を極めるのも大切」と仰っています。2011年にご結婚されましたが、孤独との付き合い方にどんな考えを持っていますか?
ひとりでいる時の孤独は当たり前。だけど結婚して感じたのは、“ふたりの孤独”の方が怖い、ということ。
彼が外出する時には、必ず玄関まで見送りに行きます。また会えるのは奇跡ですから! これが最後だと思えば、いつだって玄関まで見送りたいと思う。以前の私だったら、そんなことしないわね。結婚してから私、やっぱり人として成長した気がします。
──著書『で、どうする?』では、寄せられたお悩みに対して夏木さんが真摯な言葉をかけています。そこでも「幸せになるためには、自分を知ることが大切」と説いていますね。
自分を知らないと、何をやりたいのかがわからなくなります。相談者のお悩みって、自分のことをいろいろと考えてはいるんです。けれど自分のことは知らない。
“自分を知る”というのはね、「アレはいらないものだ」「あっ、コレは絶対に手放してはいけないものだ」と、自分自身のことを整理していくアプローチです。そうして自分を知っていくと、悩みじゃなくなるんですね。問題はあったとしても、悩みではなくなるの。
自分自身って、限りある資源です。私にもコンプレックスがあってね。菜々緒さんのようにスタイルがよかったらいいのに・・・、童顔な顔立ちだったらもっと日本人受けしたのに・・・、こういう笑っちゃうようなコンプレックス。
だけど望んだらキリがないもの。私は私で生きていかなきゃいけないんだから、そこを磨くしかないんです。
──人間は一人ひとりが限りある資源。興味深いお言葉でした。2018年3月に公開された映画『生きる街(榊英雄監督、夏木マリ主演)』は、3.11東日本大震災を扱った物語。夏木さんは、震災に家族や住まいを奪われながらも、その後の日常を慈しむ等身大の女性・千恵子を演じられました。
演じるという仕事において、普通の人を生きるということが一番難しい。大げさな役だと演りやすいんですね。あんまり人間に近くない役をいただくことが多いもので(笑)。『Vision(河瀨直美監督、2018年6月公開)』もそうだったんですけれど、「千年の時を奈良の山で生き続けている女です」と言われて・・・。
ですから『生きる街』で、日常生活と向き合っている女性を演じたのは久しぶりでした。千恵子を演じる、千恵子として生きるというのは、本当に難しかった。けれど一方で、俳優として今だからこそ演じてみたい役でした。
──一方、『Vision』で演じた女・アキは、千年もの悠久の時を生きる存在。河瀬直美監督による作品ですが、監督はドキュメンタリー作品で映画界からの注目を浴び始めた方です。撮影はどのようなスタイルだったのでしょう。
現場に一番早く入るのは、俳優です。今、私たちはBarでお話しをしていますが(本誌取材ロケ地のこと)、バーテンダーの役を演じるとするでしょう。河瀬監督はまず、俳優をバーテンダーとして働かせる。普通に営業しているようなBarでね。俳優以外、映画のスタッフなんていない環境。それで一週間、二週間、バーテンとして過ごす日々を送っていると、突然カメラがやって来る。「スタート!」という声はなしに、撮影は始まっているというわけ。
『Vision』で私が演じたのは薬師の女アキ。アキの住処は奈良の山の中でしたから、まず私はそこで暮らすんですが、家の中にぽつりとひとり残されました。『え~!?何しよう』と考えて、まずは床を雑巾がけしたわ!
それから毎日、山に入り薬草を摘む。ヨモギを採ったらすり鉢で潰すでしょ、小豆を煮てあんこを作るでしょ、ヨモギ餅をこしらえるの。そしてまた雑巾がけ・・・というようなことを続けていたらある日、カメラが家の中にス~っと入ってくる、そこで撮影が始まるという感じです。
──演じるというより、まさにその役柄になりきるというか、“生きる”といった方がいいかもしれません。台本ってあるんですか?
「台本通りにやらない」というのも、河瀬監督のスタイルね。あるシーンを演じていたら、サッと(視界の隅に)差し込みが出されたことがありました。紙にはセリフが書かれていて、つまり「このセリフを今」ってことなんですけど、それを奈良弁で喋らなきゃいけないなわけ!
『さ~て、ど~お言おうかしら?!』と、こっちは頭を悩ませて・・・。そういう撮影が続きます。
私の食事は2週間、お粥でした。なぜなら私は一千年も生き続けている役だから。その食生活を続けていたら、撮影後に東京へ戻る頃にはすっごく痩せちゃっていたんです。後ろ姿なんてホント、おばあさんみたいだったんだから。役柄としては正しいんでしょうね。
──1993年からは、ご自身が演出を手掛けるコンセプチュアルアートシアター『印象派』をスタートさせました。音楽やダンスを駆使し、身体による表現を研ぎ澄ませていくパフォーマンスは海外での公演も好評。『印象派』は、夏木さんのライフワークとなりましたね。
今ここにいる私というのは、『印象派』によって鍛えられたと言っても間違いないです。『印象派』を始めてから、やりたいことが明確になりました。そこを目指して上方修正するような体質になってきたんでしょうか。自分でお金集めからやらなければならないし大変ではあるんですけれど、とても楽しいですね。
印象派を創ることは全てのクリエイションをしなきゃいけないということ。ふとした日常でも、舞台について思案する癖がつきました。
レストランに入ったら、イスが置いてあるでしょう。すると『このイス、舞台にいくつ並べられるだろう』と想像するの。『工事現場で使われている三角コーンってカワイイわ、何かの表現に使えないかな』とか『ペットボトルだけで舞台って出来るのかしら』という風に。常に舞台の風景を探している感覚かしら。そういう体質になりました。
──目に入るものすべてに可能性を感じ、クリエイションしているんですね。『印象派』を始める以前は、受け身だったのでしょうか。
例えば俳優の仕事って“待つ”のが仕事。(役柄を)いただいてから、自分の立ち位置をまっとうするわけ。でも私はせっかちだから待っていられない。自分で動かないと進めないんです。『印象派』はまさにそう、この足で進めていく。好きな人や一流のクリエイターとお仕事をしたいなら、自分も頑張らなきゃいけない。そのための時間の使い方を考えるようになりました。
「私は私で生きていく」このシンプルな言葉のなかに、どれだけたくさんの試行錯誤が込められているのでしょう。私たちは一人ひとりが限りある資源。その資源を磨いて前へ進むためには、まず“自分を知る”ことが鍵となるようでした。
インタビュー最終回では、夏木マリさんの人生の楽しみ方や幸せを感じる瞬間を教えていただきます。
写真:田形千紘 文:鈴木舞
編集・構成 MOC(モック)編集部
人生100年時代を楽しむ、
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