~恵利の場合【3】〜
人はどうして不倫という名の恋に落ちるのか、そしてその恋はどういう展開をたどるのか。
女性たちの気持ちは、そして男性たちの心は……。
実話をベースにした不倫小説をお送りします。
翌日、恵利は息子の知治に会いにくる孝太のために、せっせと料理を作っていた。
ハンバーグに野菜サラダ、筑前煮、酢の物など家庭料理をとりそろえた。
約束の6時半少し前に孝太は現れた。
「こんばんは。
おばさん、これ、おみやげ」
ケーキの箱を下げている。
「学生なんだから、そんなことに気を遣わなくていいのに」
そう言いながら、恵利は小さいころを知っている孝太の成長がうれしくもあった。
「ごめんね、知治、バイトが終わったらすぐ帰ってくるって言ってたんだけど」
と言ったところに息子からLINEが入る。
<遅番のバイトが遅れてるから、あと30分バイト延長になっちゃった。7時過ぎには帰れると思う>
「ということみたい。お茶でも飲んで待っててくれる?ごめんね」
「僕なら大丈夫、今日は時間あるから」
「コーヒーがいい?紅茶?」
「コーヒーがいいな。そういえば中学に入ったばかりのころ、おばさんのところで初めてインスタントじゃないコーヒーを飲んだんだよ、僕」
「そうだったの?」
コーヒーは元夫のこだわりがあり、かなりいい豆を買っていたのだと恵利は思い出した。
自分も感化されて、コーヒーにはすっかり詳しくなってしまった。
キッチンで豆を挽き、ステンレス製のドリッパーにコーヒーを入れてゆっくりとお湯を注いでいく。
コーヒーがブワッとふくらんでいくのをゆっくり見守るのが好きだった。
ふと人の気配を感じて振り向くのと、孝太が覆い被さってくるのが同時だった。
「何するの、孝太くん」
「おばさん、僕、おばさんのことが好きなんだ」
ぎゅっと抱きしめられ、そのまま唇が重なりそうになっていく。
ダメ、ダメと顔も体もよじったが、20歳の若い男の力は強かった。
まともに唇がぶつかった。孝太の舌が入ってくる。
恵利のニットの下から孝太の手が入ってきて胸をまさぐる。
ブラの中に指が入り、乳首に当たったとき、恵利の喉の奥からヒッという声が漏れた。
「恵利さん」
孝太が顔を離したとき、恵利は思わず突き飛ばした。
息子の友だちである。
「もう、だめよ、孝太くんったら冗談が過ぎるわ」
ここは大人の配慮を見せておかなければと恵利はすぐさま自分を立て直した。
孝太は一瞬、呆然としていたが、恵利が作ってくれた逃げ道を利用する。
「ごめん、おばさんを見ていたら、つい。冗談キツかったよね、ごめんなさい」
素直にリビングに戻っていく。
恵利はどぎまぎしながらコーヒーを入れた。
足の間が濡れている。息子の友だちに抱きしめられて体が濡れている自分が恥ずかしかった。
孝太にコーヒーを出し、自分もリビングに座ったが、なんとも居心地が悪い。
すると孝太がごく自然に思い出話を始めた。
「中学2年になる前の春休みに、知治とおばさんとうちのおふくろの4人で珍しくカラオケ行ったの覚えてる?」
「ああ、そんなことあったわよね。あなたのおかあさんが来るのは確かに珍しかった」
「照れくさくてイヤだなと思う半面、うれしかったんだよね。でもあのときは知治とふたりで、おばさんたちにおつきあい、なんて言ってて。でもね、あのとき僕、すごく楽しかったんだ」
「あのときはあなたのおかあさんと私がいちばん楽しんでた」
「でもあのすぐあとだよね、知治とおばさんがいなくなったの……」
「そうだったわねえ」
「ごめん、つらいこと思い出させちゃった?」
「そんなことないわよ」
夫とのことは決してイヤな思い出だけではない。
狂気をはらんではいたが、彼の才能を間近で見ていられたのは恵利の宝物でもある。
「ただいまー」
大きな声を張り上げて、知治が帰ってきた。
その晩、特別ではない家庭料理に舌鼓を打った孝太は、夜遅くまで知治の部屋で語り、朝食をとってそのまま大学へと向かった。
「おばさん、ありがとう。ごちそうさま」
元気な声で無邪気に手を振りながら去っていった孝太を、恵利は母親のような目で見つめていた。
若くても男……
数日後、孝太からLINEが入った。
<おばさん、相談したいことがあるんだけどどこかで会えない?>
<いいわよ>
<今日は無理?>
<14時以降ならOK>
<じゃあ、ばったり再会したカフェでどう? 14時に>
孝太の「相談したいこと」とは大学での人間関係だった。
明るく社交的に見えた孝太だったが、中学2年のクラス替えからいじめられるようになり、今も人間関係に尾を引いているのだという。
「いじめられるようなタイプじゃないと思ってたわ」
「僕、運動も勉強もそこそこできたから、それを妬むヤツがいたんだよ。女の子にはモテなかったし……」
「でも今も引きずっているというのは問題ね」
「それにね……」
孝太が言いよどむ。
恵利は促しもせずゆっくり待った。
「僕はあの両親の本当の子じゃないんだ」
「そうなの?」
「驚かないの?」
「別に驚くようなことじゃないでしょ。どういう理由かわからないけどあなたを育ててくれたのは、あの両親なんだもの」
「僕、捨てられた子だってずっと重荷を背負っていた」
「でも拾われた子でもあるわよ。
あのふたりは、あなたを心から愛しいと思っているもの」
「それはわかってる。
でも捨てた親のことを考えてしまうんだ」
「会いたいの?」
「わからない……。それ、つい最近知ったんだよね。もっと早く言ったほうがよかったかもしれないとオヤジもおふくろも言ってたけど、なかなか言えなかったって」
「あなたにとって重いことだというのはわかる。でも愛されて育ったのも事実よ。あのね、私も本当の親じゃない人たちに育てられたの」
「えっ」
「私は小さいときからそのことを知ってた。だから親が反対する人と結婚したときに縁が切れたのよ。でも知治が生まれて、親とはまた縁がつながった。本当の親もウソの親もないの。いい親とそうじゃない親がいるだけのことだと私は思う」
「おばさん……」
孝太の目が潤んだ。かわいいと恵利は心から思う。
「今日、オヤジの車を借りて来てるんだ。おばさん、ドライブしようよ」
孝太が明るい声で言う。
恵利は何も考えずに孝太の車に乗った。
海岸線を孝太は快調に飛ばした。
大学の話、知治の話、そして自分の恋の話まで、孝太はしゃべり続けた。
小さいころから知っている孝太が大人になっているのが、恵利にはほほえましくてならない。
少し日が傾いたころ、「お腹すいた」と孝太が言う。
今日はとことん孝太につきあうつもりで来たので、「じゃあ、どこかで何かおいしいものを食べよう」と恵利が答える。
孝太は「うん」と車を走らせていたが、なぜか急に黙り込んだ。
そして一気に車をとある駐車場に突っ込んだ。
「恵利さん、降りて」
「え?」
レストランかと思ったらモーテルの駐車場だった。
「ちょっと……」
恵利は抗議しかけたが、孝太の顔は真剣過ぎて、それ以上何も言えなくなった。
彼は恵利の腕をつかんで、そのまま建物へと入っていく。
小さなプレハブのような部屋が並んだモーテルだ。
部屋に入ると、孝太は鍵をかけてそのまま恵利を抱きしめた。
そして彼女を抱き上げ、柔らかくベッドに落とす。
「孝太くん……あのね」
「しっ、何も言わないで」
孝太は恵利の胸に顔を埋める。
スカートの中に手が入ってきた。
それでも恵利はこれから起こることが信じられずにいた。戸惑っていると、指が確実に下着の脇から入ってきて、敏感な芽をとらえた。
うっと恵利がのけぞるところを、今度は胸元に手を差し込む。
孝太は巧みだった。
じたばたしようにも体は彼の体できっちり抑えられていて動けない。
いや、そもそも恵利は動く気をなくしていた。
「恵利さん、本当に僕、あなたが好きなんだ」
これからどうなるのかわからない。
だが、恵利はこのかわいい息子の友だちを受け入れようとしていた。
これが愛かどうかもわからないが、今は彼とひとつになりたい。
恵利の体がそう言っていた。
(次章へつづく)
イラスト:アイバカヨ
編集・構成 MOC(モック)編集部
人生100年時代を楽しむ、
大人の生き方マガジンMOC(モック)
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