順天堂大学大学院医学研究科神経学の服部信孝教授、 金井数明客員准教授、 韓国のソウル大学校医科大学のSeung-Jae Lee教授らの国際共同研究グループは、 難病ライソゾーム病(*1)の原因となる細胞内の老廃物分解酵素のアリールスルファターゼA(*2)が、 難病パーキンソン病の疾患修飾因子(*3)であることを発見した。
変異のあるアリールスルファターゼAは病気を悪化させ、 保護的なアリールスルファターゼAは病気を予防する可能性を示し、 さらに血液中のアリールスルファターゼAの量と認知症の程度が関係していることも発見した。
この成果はパーキンソン病や認知症の診断薬や治療薬の開発に役立つと考えられ、 今後の神経難病の治療に大きく道を拓く可能性がある。
本研究は英国科学雑誌Brainに掲載(2019年7月15日付)された。
本研究成果のポイント】
- ライソゾーム病とパーキンソン病に共通して影響を及ぼす遺伝子を発見
- アリールスルファターゼAには善玉タイプと悪玉タイプがあること発見
- 血中アリールスルファターゼAは認知症を合併するパーキンソン病の診断薬、 治療薬となる可能性
【背景】
パーキンソン病は手足のふるえや身体の動かしづらさなどの症状がでる神経難病で、 日本には約15万人の患者がいる。
研究グループはパーキンソン病の遺伝背景を探る過程において、 難病ライソゾーム病のひとつである異染性白質ジストロフィー(*4)患者の近親にパーキンソン病患者が複数いる家系を特定した。
ライソゾーム病は、 6割の患者にパーキンソン症状などの神経症状がでること、 原因遺伝子のひとつGBA遺伝子がパーキンソン病の発症リスクとなるといった理由から、 パーキンソン病とライソゾーム病との関連が強いことがわかってきている。
そこで、 異染性白質ジストロフィーの原因遺伝子で細胞内の老廃物を分解する酵素であるアリールスルファターゼAがパーキンソン病に直接関与していると予想し、 研究を進めた。
【内容】
研究グループは異染性白質ジストロフィー患者で近親がパーキンソン病を発症している家系の遺伝子検査を実施し、 パーキンソン病を発症している人のアリールスルファターゼA遺伝子にはL300Sという遺伝子変異があり、 異染性白質ジストロフィー患者のアリールスルファターゼA遺伝子にはL300Sに加えC174Yという2つの遺伝子変異があることを見つけた。
パーキンソン病には認知症を合併するタイプがあり、 この家系では軽度の認知症を合併していた。
アリールスルファターゼAの量がアルツハイマー病患者で減っているという報告があることから、 認知症を合併するタイプのパーキンソン病と合併しないタイプのパーキンソン病の患者を比較して血液中のアリールスルファターゼAを調べた結果、 認知症を合併するタイプのパーキンソン病患者ではアリールスルファターゼAの量が減っていた。
つぎに184人のパーキンソン病患者と約3000人の健常者でアリールスルファターゼA遺伝子の配列を比べた結果、 N352Sという遺伝子多型(*5)をもつ人はパーキンソン病になりにくいことを発見した。
パーキンソン病はレビー小体というものが脳内にできることが知られている。
レビー小体はαシヌクレイン(*6)というタンパク質がたくさん集まって固まったもので、 パーキンソン病はαシヌクレインの変化が原因のひとつと考えられている。
今回発見したアリールスルファターゼA遺伝子のL300SとN352Sの2種類のタイプによるαシヌクレインの変化を培養細胞を使って詳しく調べた結果、 パーキンソン病を発症させるアリールスルファターゼA L300S(悪玉)は細胞質内でαシヌクレインと結合しづらいことで、 αシヌクレインの凝集を促進する。
一方、 パーキンソン病に保護的なアリールスルファターゼA N352S(善玉)はαシヌクレインと強く結合することにより、 αシヌクレインの凝集を抑制することがわかった【図1】。
さらにパーキンソン病を発症させるアリールスルファターゼA L300S(悪玉)をもつショウジョウバエは加齢とともに運動能力が低下することを発見した。
【用語解説】
*1 ライソゾーム病: 細胞内小器官のライソゾーム(lysosome; リソソーム)内で働く酵素が遺伝的に欠損し、 脂質やムコ多糖などを分解出来ずに大量に溜まることで肝臓、 腎臓、 骨、 神経などにさまざまな症状があらわれる病気で、 現在約60種類の疾患が含まれる。
*2 アリールスルファターゼA: ライソゾーム酵素のひとつ。
ライソゾーム内で糖脂質であるスルファチドを分解する。
*3 疾患修飾因子: 病気の原因以外で病気になりやすくしたり、 発症を遅らせたりする因子のこと。
*4 異染性白質ジストロフィー: アリールスルファターゼAの欠損によって発症するライソゾーム病。
2歳までに発症する乳児型と4~6歳で発症する若年型があり、 4~16万人に1人の割合で発症するとされている。
*5 遺伝子多型: 遺伝子配列は個々人で異なる部分があり、 人口の1%以上の頻度で違う部分を遺伝子多型という。
多くの遺伝子多型は無意味か意味が明らかになっていないが、 一部の遺伝子多型は体質や病気のなりやすさに影響する。
*6 αシヌクレイン: 主に脳内にあるタンパク質でパーキンソン病で特徴的なレビー小体はαシヌクレインが主成分とされる。
パーキンソン病の他、 多系統萎縮症、 レビー小体型認知症の原因のひとつと考えられている。
【今後の展開】
アリールスルファターゼAは細胞内小器官のライソゾームの中で不要物の分解と物質の代謝に働く酵素だが、 今回の研究ではライソゾームの外の細胞質内での働きがパーキンソン病の発症と関係していることが明らかになった。
このことから、 アリールスルファターゼA以外のライソゾーム病の原因遺伝子でもライソゾームの外での働きに注目して詳しく調べる必要がある。
一方、 アリールスルファターゼAの血中の量と認知症の程度の関係が明らかになったことから、 認知症に対する早期バイオマーカーや診断薬になる可能性がある。
さらに善玉アリールスルファターゼAの量を増やすことで、 パーキンソン病や認知症が改善する治療薬の開発につながる可能性がある。
【原著論文】
本論文は英国の学術雑誌 Brain に2019年7月15日付で掲載されました。
タイトル: Arylsulfatase A, a genetic modifier of Parkinson’s disease, is an α-synuclein chaperone
タイトル日本語訳: アリールスルファターゼAはαシヌクレインのシャペロンとしてパーキンソン病を修飾する
著者: Jun Sung Lee(1), Kazuaki Kanai(2), Mari Suzuki(3), Nobutaka Hattori(2), Seung-Jae Lee(1), et al.
著者(日本語表記): Jun Sung Lee(1), 金井 数明(2), 鈴木 マリ(3), 服部 信孝(2), Seung-Jae Lee(1) ,他
著者所属: (1)ソウル大学校医科大学, (2)順天堂大学, (3)東京都医学総合研究所, 他
なお、 本研究はソウル大学校医科大学、 東京都医学総合研究所、 大阪大学、 シドニー大学、 延世大学校、 建国大学校、 Genzyme Co. と共同で行ったものです。
また、 本研究に協力頂きました患者さんのご厚意に深謝いたします。
編集・構成 MOC(モック)編集部
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